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すでに名前に対しては言及し終えていたので、かわりに、私は解放された手のひらを口元に持っていく。それから、ハウッと短い音を立てて空気を吸い込んだ。
状況を理解できず首を傾げるモモキに、私は手のひらを掲げて見せた。
「モモキの名前、食べちゃった」
「え!」
「おいしかった、ごちそうさま」
私の抜群のユーモアセンスに脱帽したモモキは大きな瞳をさらに大きく見開いた。衝撃的だったらしい。そんなに驚くことでもないのに。
なにか言いたげにくちをパクパクさせた後、結局なにも言わずにくちびるを結んで逃げるように去っていく。こんどは、かすかに足音も立てていた。
誕生日ケーキのろうそくが着火したのは、その後ろ姿を視線で追いかけてしまったせいだ。
早足で廊下に出た彼はこちらへ背を向けて立ち止まり、私が名前を書いた手のひらに、そっとくちづけを落としていた。
◾️
私の初恋は淡雪のごとく、数日も経たずに消滅した。
「マネって美的感覚が独特だよね」
「いい意味で?」
「ごめん、悪い意味で」
友人のココちゃんが、机の上に置かれた私の傑作について失礼千万な感想を述べた。悪い意味の場合は述べないほうがいい。
しかし自分でも、どうしてこうなったのか分からない。脳内では完璧に描けているのにいざ手に伝達されるとうまくいかず、スケッチブックに辿り着くと化け物が描かれていく不思議。
「我が学院の誇りである花菱くんをご覧なさいよ」
お手本として飾られている立派な油絵に視線を投げる。
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