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カラン……
顔なじみのこのバーは、お父さんが私がまだ幼い時に連れていってくれた唯一の場所。毎回ホットミルクを頼んでいたことだけは覚えている。
お父さんとは同業のよしみだからとか言って、今でもわたしに良くしてくれる。今ではここのマスターの方がわたしのお父さんっぽいくらいだ。
「おじょうちゃん、待ってたよ。いつものかい?」
この雪を見て私がくると予想していたらしい。すでにホットコーヒーを入れる準備をしている。
「うん。いつもの」
私がそう言うと、グラスには角砂糖が2つ、それをホットコーヒーが溶かしていき、火のついたウイスキーを注ぐのだ。ウイスキーにつく青白い炎がまた、この大雪の憂鬱を溶かしてくれそうなくらい綺麗。
最後にホワホワのクリームを乗っけて、わたし専用にシナモンパウダーを振りかけてくれる。
「はいよ。アイリッシュコーヒーだ」
心も身体も温まる。そんなコーヒーのカクテルである。
「そうだ、確か今月誕生日だったろ?もう一杯つくっちゃるから飲んでき」
わたしがボーッとアイリッシュコーヒー片手に、回るレコードを見ていたら、マスターが珍しくシェイカーを手に取りながらそう言った。
グラスになにやら綺麗なデコレーションを施している。わたしがなにそれ?と聞けば、どうやらそれは上白糖らしい。
材料をいくつかいれて、マスターのシェイク。いつも腰が痛そうにしているマスターだけれど、こういう時はやっぱりかっこいい。そういえばお父さんもカフェでシェイカーを振ってたっけ。カフェなのにね。
出てきたカクテルは、雪国というらしく、逆三角形型のカクテルグラスの縁に白砂糖のデコレーション、グラスの底には緑色でミント味の製菓用のチェリー。
その見た目はまるで雪の下で春を待つフキノトウのよう。
「こんな綺麗なカクテルもつくれるんだ。マスター」
わたしがそんな減らず口を言いながら、一口飲んでみる。口の中に上品なポカリスエットのような味わいがアルコールとともにじんわり広がって、それとともに砂糖が口の中で溶けてほんのり甘さを残して消えていく。
「すごい。まるで雪みたいだ」
「マスター、ご馳走様」
そう言ってわたしはお店をあとにし、少しだけ頬を赤く染めながら上を向いて歩く。口の中に降ってくる雪が口の中で消えていく。
さっきの雪国の砂糖の味。ちょっぴり甘かった思い出。
幼い頃にこんなふうにお父さんの隣、上を見ながら無邪気に雪の中を歩いた時の味とそっくりだったなと思い出しながら……
「お父さん。わたしもちょっぴり大人になったよ」

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