ふるえる卵

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「あのう。生きてますか? 死んでますか?」  朧月(おぼろづき)が心許なく照らす森。生死の境を彷徨う女は、血濡れた手で“卵”を掲げた。女に呑気な声を掛けた少女は、自分の顔程もあるその卵にきょとんとする。「ごはん?」と首を傾げる少女に、女は鉄の味の苦笑を漏らした。夜の森、で這う自分を見て、この平然ぶり。――この少女は逸材かもしれない。 「この卵を、守ってくれ」  きょとん顔のまま卵を受け取る少女に、女は最期の力で呪いを掛けた。“預り人”の印が女の額から少女に移る。女は「すまない」と言い残し、安らかな顔で絶命した。  少女は動かなくなった女にすっかり興味を失い、手の中にある卵を見る。何か不思議な力を感じた。殻の内から手に伝わるそれは鼓動に似ている。「どんな味がするのかな?」と近くの石に叩き付けようとした少女の腕に、森の影から現れた何かが巻きつき、捕らえる。太く棘だらけの触手は、植物とも動物ともつかない生物だった。それは既に少女以外の血肉に塗れている。女はこれにやられたのだろうか?  死ぬかもな……と思っていると、木の上で何かが光った。剣だ。勢いよく振り下ろされたそれに、触手がスパッ、バラバラッと切り落とされる。解放された少女は自分を助けた人物を見て、一瞬、女が生き返ったのかと思った。その人物も同じく全身を黒衣で纏っていたからだ。しかし足はあるし顔立ちも体格も違う、精悍な男である。  男は少女の額に輝く印を見て息を呑み、地面に転がった女の屍を一瞥して「やってくれたな」と溜息を吐いた。 「とりあえず付いてこい。ここではまた狙われる」 「何に?」 「説明は後だ」  男は少女の体を雑に抱えると、森を駆け出した。
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