ふるえる卵

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 大木の(うろ)。外からは子供が収まるくらいの穴にしか見えないが、その中は男の魔術により拡張され、小部屋ほどの空間が広がっていた。「すごーい」とキョロキョロしている少女の呑気さに男は呆れる。物を知らぬ子供でもない、十六、七歳には見える少女。警戒心の欠片も無いのだろうか。 「おい。先程の女から何か聞いたか? その卵をどうやって手に入れた」 「さっきのお姉さん? 声を掛けたら卵くれました。確か守ってくれって。あ、食べちゃ駄目だったんだ」  惚けた事を言う少女に、男は頭を押さえた。少女より幾らか歳を重ねただけのその顔には深く陰鬱(いんうつ)が刻まれ、彼を老けた印象にしている。 「いいか、よく聞け。その卵は……」  男が重い口調で語り出すと、少女は興味を引かれ聞き入った。  ――少女が託された卵は、かつてこの世を恐怖に陥れた“闇の帝王”の卵であるという。  今から百年前、世界は闇の帝王に支配されかけていた。帝王とその眷属(けんぞく)達は生物の“恐怖”を糧にする。そのため彼らは、同族も異種族も問わず、日夜拷問や殺し合いを平然と繰り広げていた。彼らの支配から逃れる為に立ち上がったのが、人間だ。  争いは長きに渡り、帝王軍と人間の双方に多くの犠牲を出し、人間が勝利を収める。帝王は最期の力を振り絞り、自らを卵に封印した。力を蓄え、再び目覚めるその時を、卵の中で待っているのだ。  斧でも割れないその卵は、不思議な力で人間を引き寄せる。そして卵に魅入られた者とその周囲の人間の恐怖を吸って、成長する。帝王軍を討ち破った魔術使いの一族――男の一族は、国王の命により、帝王の復活を阻止する卵の守人となった。卵が誰の手にも渡らないよう守り、恐怖を感じない強靭な心で、卵が招く災禍や生き残りの眷属達と戦う。先程の女は眷属に襲われ、命からがら逃げた先で、少女に卵を託したのだ。 「お前の額に輝く印は、卵と所有者の命を繋げる“預り人”の呪印だ。これでお前は死ぬまで卵を手放せない。放り投げても戻って来るぞ。……いや、試さなくていい。全くあいつは厄介な事をしてくれたな」  男は死んだ女に苦言を漏らす。  守人一族は幼少期からの訓練により、どんな怪物にも怯まない精神力を持つ、恐れ知らずの駒だ。預り人が死ねば、別の守人が引き継ぐ。本来なら男が卵を拾い次の預り人になるべきだったのだ。あの女……姉は一体何を考えていたのか。 「びっくりな話ですね」 「……それだけか? お前はこれから死ぬまで、先程のように闇の眷属に狙われ続けるんだぞ。奴らはあらゆる手でお前の恐怖を引き出そうとしてくる」 「はあ。キリがなさそうですが、卵って本当に壊せないんですか?」 「壊せない。が、封じる方法はある。東のミカデ山にあるという“次元の狭間”は飲み込んだものを二度と吐き出さない。俺達はそこに卵を封じるため、西から旅をして来た」 「お兄さん以外の守人さんは?」 「あの女が最後だ。もう俺しか生き残っていない」 「じゃあ、私とお兄さんの二人旅になるんですね」  男は眉根を寄せる。この少女は本当に話を理解しているのだろうか? しかし卵を抱えながら戦うのが不利なのは確かだ。この少女の恐れ知らずな呑気さに少し賭けてみてもいいかもしれない。 「俺の名はキース。持ち得る力を尽くしてお前を守ろう。だから何があっても、お前は恐れるな」 「はい、キースさん」 「……で、お前の名前は。便宜上聞いておく」 「私の名前? じゃあ、玉子(たまこ)で」  じゃあって何だ。今決めただろう……という言葉は飲み込んだ。他人に深入りすべからず。キースは「今日はもう眠れ。夜明けには出発するぞ」と言うと、壁に凭れ立ったまま目を閉じる。  少女が少しでも恐怖を抱くなら、殺して卵を奪わなければならない。だが一般人は殺したくなかった。何を守ろうとしているのか分からなくなる。 (いずれにせよ、結果は同じかもしれないが)
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