ふるえる卵

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 二人が旅を始めて一月。出来るだけ人里を避けて行動していたが、物資の補給や、どうしても避けて通れない場合、街を訪れることもある。これまでのどこより栄えた今回の街に、玉子は目を輝かせた。 「見て下さい、あの人、口から火を吹いてますよ」と大道芸人を見ては、自分もマッチを口に放り込もうとし「どんな物でもスパッと切れるよ」と叩き売りされている剣を見ては、触りたがる。キースは子守り気分で首根っこを捕まえて歩くが、傍から見れば年頃の二人は夫婦に見えるらしかった。 「仲良しご夫婦さん、熱々の焼き饅頭はいかが?」 「果物もあるよ!」 「綺麗な髪飾りはどうだい?」  調子のいい商人達に声を掛けられ、玉子はおずおずキースを見上げる。「……どれか一つだけだ」と言うとその顔が明るくなった。玉子は過酷な旅の中でもいつも楽しそうにしている。キースは当初、それを気味悪く感じていたが、今はただの天真爛漫さと受け止められるようになっていた。閉ざされた一族の中では触れたことの無い賑やかな感情に、戸惑いながらも。 「キースさん、毒サソリと毒蛇の戦いやってますよ。これ見たい」 (選ぶものに、全く可愛げがないな)  飾りの一つでも付ければ見違えるだろうに、と露店の髪飾りに目をやるキースは、己の感情を振り切るように彼女を追った。  物資を補給した日の食事は、少しだけ豪華だ。街から離れた野原、岩影に張られた結界の中、玉子は焚火の上に鍋をかけ料理に勤しんでいた。キースは結界に近付く眷属の気配を感じ取り、戦いに出ている。  キースの実力は、戦いを知らぬ玉子が見ても、最後の守人であるに相応しいものに思えた。守人一族は、次元の狭間に近付き眷属達の妨害が激化するだろう最後の時まで、彼を取っておいたに違いない。玉子は彼なら無事に帰ってくるという確信があった。なのに、どこか心が落ち着かない。 (このソワソワする感じ、なんだっけ?)  知っているようで分からない。ずっと忘れていた何か。玉子の脳裏に卵を託した女の最期が浮かぶ。凄惨なその姿がキースと重なり―― 「帰ったぞ」  無事に戻ってきたキースを、玉子は「お帰りなさい」と満面の笑みで迎えた。そのやり取りにキースは街中で言われた“夫婦”の二文字を思い出すが、スンとした顔で胡坐をかく。 「今日は豪華にお肉も使って、シチューにしました」  差し出された器には、ミルク色に浸るゴロゴロ野菜と肉。先程まで食欲を失う光景を目にしていたというのに、キースは自然と腹が鳴った。手を合わせてから、もりもり、ガツガツ食べる。 「美味い。お前の作る飯は、全部美味いな。料理人でもしていたのか?」  それは無意識に口を突いた言葉だった。玉子は少し遠い目をして「美味しいなら、良かったです。作り甲斐があります」とだけ言った。それから自身も熱々のシチューに口を付けるが、冷まさず口に入れたためその唇が赤くなる。キースは「恐れ知らずなのはいいが、最低限の危機感だけは備えておけ」と、水で濡らした布を彼女の口に宛がった。  卵は玉子の腕の中、そっと二人を見ている。動く気配は無かった。
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