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言いながら、花月は古池の身体を自分のそばへ引き寄せた。引き上げてくれて、てっきりその後はすぐに離れていくのだと思っていたのに、花月は古池の腕を掴んだまま、その手をじっと見ている。
「花月くん?」
声をかけても、考え込む表情は古池の顔を見ない。
「…いや、なんでもない」
そしてそれを合図に、ほどなくして腕は解放された。本当になんでもない時は、わざわざそんなことは言わない。けれど花月がそう言うのだから、それ以上無理に追求する必要もない。古池は心に湧いた疑問を打ち払い、それじゃあ、と手元のチケットを頼りに座席まで移動する。
…。
……。
ちかい。
二人で座席へ並んで座り、スクリーンを見るために顔を上げると、ポップコーンにまざってお花の香りがした。きっと花月くんの匂いだ。今日は普段の柔軟剤じゃなくてなんだか、香水みたいな。遊ぶときはつけているのかな。すぐにそうだとわかる自分の感覚に自分で引きながら、少し身じろぎをすると花月の肩に自分の肩が触れた。座席感の距離があまり空いていないから、古池のすぐとなりには同じように上映をまつ花月がいる。
距離感へ意識を向けると急に顔が熱くなってきた。さっき助けてもらった時はこんな風にはならなかったのに、なんで今更。落ち着け。そうだ、映画だ。映画をみよう。映画に全神経を集中させて、なるべく変な行動は起こさないように…、……。
◆
「フランス映画みたいだった」
映画館をでて、一番最初の花月の言葉がこれだった。深く頷きながら、古池は腕時計を見る。
結局、スクリーンの向こうの物語にはまったく集中できなかった。難解すぎて古池の理解が及ばなかったというのもあるが、花月の存在を意識しすぎてたぶんそれ以外が二の次になっていた。姿勢を極力変えないようにしていたので、身体の節々が軋んでいる気配がする。
「…感想、話したいな」
「うん、俺も」
独り言のように放った言葉へ反応があったので、思わず舞い上がってしまいそうになる。
「古池の家は、夜ごはんとか外で食べていっても平気なの? 怒られない?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあどっか入ろう。駅から離れたとこなら、さっきみたいに──」
「あれ、かえでくん?」
ふわふわと、宙に舞うような声だった。軽い調子で発せられたそれは、自分たちの後方からたしかに、彼の名前を読んでいる。
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