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花月くんにころされる
花月くんの後頭部に関する知識なら僕、クラスの誰にも負けないよ! なんて、言葉にしたらあっという間にいろいろなものが終わっていく文を胸の中で反芻しながら、古池陽冬 はいつものように、前の席へ座る背中をじっとみた。窓際から二列目、後ろから二番目。可もなく不可もなく、これといって自ら切望するような要素もないその席が、古池にとってはこの教室に並ぶ三十個の机の中で一番価値があり、名前でも書いて大切に独占しておきたいくらい、特別な場所に思えている。
だってこの席は、花月くんの後ろの席だから。
つまりは授業中、合法的に彼を視界へ収めていられる唯一の場所だ。斜め後ろとか隣とか、顔が少しでも見られる席では、見ていることがばれちゃうんじゃないかって緊張と、勝手に見ている罪悪感がごちゃまぜになって人の形を保てなくなりそうだけど、完璧に後頭部しか見えない真後ろのここなら、誰にも咎められずに彼をずっと見ていることができる。
四月、高校二年生になったばかりのある日。古池は生まれてはじめて、全身を雷に打たれたような衝撃を体感した。小説とか漫画とかではよく見る表現だけれど、そっか、あれってこういう気持ちを表していたのか。頭のどこかでは冷静にそう考えながらも、なんとなく見上げた視線の先、そこにいた存在から目が離せない。昇降口付近で立ち止まる古池を、学年が変わって浮足立っている他の生徒たちが、すこし迷惑そうに避けていく。
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