花月くんにころされる

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 道案内という些細な事象でも、花月に頼られているという現実が嬉しくて仕方がない。せっかくだから良いところが見せたい。そんな欲が出るけれど、ただ案内するだけのことに良いも悪いもあるのだろうか。印象に残る道案内ってなんだ? 小粋なトークで場を盛り上げるとか? 突然手品をするとか? それはまあ…印象には残るだろうけど、いい意味ではないだろうな。  美術室の廊下を抜けて、階段を降りる。それから職員室の前を抜けると、今はもう使われていない、その名前の頭に旧がつく教室たちが並んでいる廊下へ出た。花月はだまって古池のあとを付いてくる。家に帰ったらカレンダーに“花月くんと一緒に校舎を歩いた記念日”を書き込んでもいいだろうか。いいかな。自分でこっそり楽しむだけにするから許してほしい。  廊下の突き当りには両開きの扉がある。力を込めてそれを開くと、冷たい風が入り込んできて、古池の頬をなでた。 「ここ、もう使われてない階段なんだ。前はこの下に用務員室があったんだけど、いまは新校舎に移設されたから、用途がなくなっちゃったんだね。踊り場から街の景色が見えてきれいだよ」 「へえ。勝手に入っていいの」 「皆そう思って近づかないんだけど、このまえ先生に聞いたらいいよって言われたから大丈夫」  この校舎の二階から見える景色は近いようで遠い。手を伸ばせば届きそうな距離に町並みが見えるけれど、ふと視線を落とせば、グラウンドで体育の授業をしている生徒たちの姿が、ジオラマのフィギュアみたいに思える。四月のあの日、花月もこんな景色を見ていたんだろうか。それならきっと、ただ一人その姿に見とれて足を止めていた生徒の姿になんて、気が付きもしなかっただろう。だって目を遠くにこらせば、それよりもっと価値のある光景が広がっている。 「なんでそんな知ってんの」 「え?」 「一人になれる場所」 「ああ…えっと、一人でも気を遣われず、ゆっくりお昼を食べられる場所を探していたら、自然とたどり着いたんだ」 「へえ。いつもあの子と食べてるわけじゃないんだ」 「あの子……あ、今日の昼休み、もしかして中庭にいた?」  言っているのは、おそらく兵藤のことだろう。聞いてみると、花月は黙ってうなずいた。
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