花月くんにころされる

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 昨日の自分と今日の自分では幸福の度合いが比べ物にならない。なぜなら昨日までの自分は花月と話したことがなかったし、名前だって呼ばれていない。え? 改めて考えると今日からの僕って無敵じゃない? 無敵って名前に改名しようかな。そんな名前でも花月くんは呼んでくれるのかな。  楽しかった夢を思い出すときみたいに、ふわふわと浮かれながら登校して席につくと、前の席にはまだ荷物がなかった。これはいつものことだ。花月は全校朝礼がある月曜日をのぞき、始業のチャイムが鳴る五分前にならないとこない。家が遠いんだろうか。自転車通学をしているようなイメージはないし、そんな姿も見かけたことがないから、おそらく電車で来ているんだろう。ということは毎朝電車で同じ車両に乗ったり、隣り合って至近距離から花月を見るなんて幸福を享受している人類がこの世の中にはいるってことなのか? いったいどんな徳を積んだらそんな体験ができるんだ? 花月と毎日会えるのなら電車通学になりたい。そんな必要がないくらい近い距離に家はあるけど。  なにか気配を感じて顔を上げる。それと同じようなタイミングで花月が教室に入ってきて、ふいに目があってしまった。さすがに花月の気配を敏感に察知できるようなレーダーは備わっていないから、これは完璧な偶然だ。こんな刺激朝から浴びたらしぬ。顔を見ただけで破裂しそうになる心臓なんだからあまりいじめないでほしい。  古池が魔法にかけられたみたいに硬直していると、花月は特に気にする様子も見せず席に近づいてきて 「おはよう」  そう言って自分の鞄を机の上においた。あ、い、さ、つ、さ、れ、た。現実が一文字ずつ頭へ入ってきて、事態を受け入れた意識が顔をかっと熱くする。いままでこんなことはなかった。というか古池が花月の後頭部以外を視界に収める勇気が出ず常時うつむいていたから、そんな雰囲気になることもなかった。そうか、前後の席なら挨拶するくらい当然なのか。友達じゃなくても挨拶してくれるなんて、花月はなんて心が広い人なんだろう。もしかして心のなかに太平洋とか広がってますか?
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