花月くんにころされる

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「おは、よう」  つっかえて前編と後編に別れたがなんとか返せた。死ぬ思いで発した言葉は花月へ無事に届いたようだが、ただ単純に挨拶を返しただけなので、それ以上会話の広がりはない。それでも古池にとってはカレンダーに書き込むこと間違いなしな出来事だった。だって、挨拶したんだぞ。挨拶したってことは、存在を完全に認知されたってことだ。この間聞いたときは半信半疑だったけれど、これでちゃんとクラスメイトになれた。あとはどうやって友達になるかだ。  ……そもそも、何をしたら“友達”ってことになるんだろう。  挨拶ができて、今日一日がめちゃくちゃにハッピーなものであることは確定したけれど、これといって特別な出来事は起こらない。授業は時間割通りに進んで、前の席には花月がいて、古池はその後ろで後頭部を見ている。ノートをとるためにやや丸められた広い背中。ブレザーを脱いでいるから、黒いニットに肩甲骨の隆起がかすかに見えた。いいな。花月くんのニットになりたいな。…なんか僕、こじらせ具合が加速してないか?  昼休みを告げるチャイムが鳴ると、古池は慌てて教室をでようとする。早く購買へいかないと、一番安いパンが売り切れてしまうからだ。ちら、と視線を送ると、花月のまわりにはすでにたくさんのクラスメイトが集まりかけていた。彼はとにかく人の目を集めるので、彼と仲良くなりたい人間は男女の区別なく山ほどいて、こういう授業の合間の時間はいつも、人にまみれて大変なことになっている。転校生だからなおさらなんだろう。 「古池」  だからそんな彼が自分なんかの名前を呼ぶと、その人の群れの視線が一気にこちらへ集まることになって。 「……えっ」 「あれ、今日はあの顔しないんだ」 「………ぼく?」 「古池はお前だろ」 「た、たしかにぼくですね」 「購買行くの」 「う、うん」 「俺も行く」 「えっ」  世界は古池をおいてどんどん進展する。花月は席を立つと、教室の入口にいた古池を追い越して、すたすたと廊下を歩いていってしまった。残された古池は、現実が受け止めきれずにしばらく硬直する。えっ、いまさそわれた? 僕が? 花月くんに? どうして? 「行かないの」
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