花月くんにころされる

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 その日。花月楓(はなつきかえで)は、校舎の二階から古池を見下ろしていた。ただしくは古池ではなく、正門から広がる校庭全体を見ていたのだろうけど、そんなことはどうでもよかった。日光に透ける色素の薄い髪、全てのパーツがそれぞれを引き立てている顔、お膳立てするように側ではためくカーテン。美術室で昔の人が作った彫刻を見たってこんな気分にはならないのに、花月をひと目見たとき、古池はたぶん美しさという概念を理解した。有り体に言えば一目惚れだったのだ。その存在の完璧さに目を奪われ、一歩も動くことができなかった。あんな人、同じ学校にいたっけ。鳴り響くチャイムで自我を取り戻すと、心はその場へ置き去りにして、ようやく校舎内へ入る。なんだか魂を抜かれてしまったような気分だった。あんなにきれいな人間が現実に存在していたのか。遠目から見てあれなんだから、向かい合ったらどうなってしまうんだろう。輝きで意識を失うんじゃないだろうか。ううん、なんだかちょっと、悪くないような。なんてだいぶ、正気ではない発想だけれど。そんな考えをつらつら並べながら新しい教室へ向かうと、黒板に張り出されていたプリントで自分の席を確認して座る。窓際から二列目、後ろから二番目。可もなく不可もなく、自ら切望するような場所ではない。だからなんの感想も抱かなかった。  花月楓が。  先程自分が心奪われた存在が転校生として紹介され、そしてそのまま、自分の前の席へ腰を下ろすまでは。  運命だとかそんな大げさな言葉は使わなかったけれど、きっとなにかのご褒美なんだろうなとは思った。あとは自分の名字が彼と同じく「は行」であったことにも感謝した。ありがとう出席番号。  なんでこんな良いことが起きたんだろう。この間知らないおじいちゃんが信号を渡るのを手伝ったからかな。スーパーで迷子の子供に声をかけたからかな。でもそんな当たり前の積み重ねでこんな幸福を享受していいんだろうか。控えめに言って幸せすぎる。だってここって、真後ろの席って、この教室でいちばん、花月くんと近い。  心のなかで思う存分に浮かれて、それはもう浮かれつくして、花月の後頭部とともにスクールライフを送っていると、古池には別の欲が出てきた。それが。 「花月くんと友だちになりたい」
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