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やっぱりそうだよな。だいぶ迷ったけど、流石に目の前にひざまずいてお昼を食べるのはおかしいよな、クラスメイトとしても。わかってはいたんだけど、けどどうしてもさらっと花月のとなりへ座るのは無理だった。なんというか、敷居が高いというか、経験値が足りないというか。
安いパンを持って、すとん、と花月のとなりへ腰を下ろす。なんだかいい匂いがした。ここには花が咲いていないから、おそらくは彼の匂いだ。柔軟剤かな。香水かな。わからないけれど、ささやかで主張が強くなくて、好きな匂いだ。後ろの席ではわからなかったのに、隣りに座っただけで、こんな。
ぱり、と花月がパンの包装を破る。あまり人とご飯を食べることがないから、こういうときどうしたらいいかわからない。普通の人は、話しながらたべるものなんだろうか。それならな、なにか。何か話さないと。そういえば。
「花月くん、普段はお弁当だよね」
「なんで知ってんの? いつも教室いないのに」
「か、風の噂で」
話題の選択を間違えた。見てたからですとはとても言えない。古池はいつも人気のないところでさっさとお昼を済ませる。そうして教室へ戻ってきたとき、クラスメイトと話しながらお弁当を片付けている花月の姿を何度か見たことがあった。あのシンプルなお弁当箱になりたいと願ってみた日もある。もちろんそれも、口がさけたって言えないけれど。
「今日は母さんが寝坊したから」
「お母さんの手作りなんだ、良いね」
「お前はいつも購買なの」
「うん。お弁当を用意してみようと思ったこともあったけど、このパンを買った方が安くて」
「へえ」
「……花月くん」
「なに」
「今日、どうして誘ってくれたの?」
長いまつげに縁取られた目が、意外そうにぱちりと瞬いた。そんなことを聞かれるとは思っていなかった、みたいな顔だ。
「俺と食うの、やだった?」
「や、そんな、そんなこと、す、すごく嬉しいです!」
「慌てると敬語になる」
「う、」
「悪いやつじゃなさそうだったから」
薄く色づいた唇がはく、と開いて、なんの変哲もない焼きそばパンを咥える。なかなかに食べるのが難しそうなそれを、花月はきれいにかじり取って、上品に咀嚼した。焼きそばパンになりたいと思ったのは、人生で今日このときが初めてだ。花月と知り合ってから、古池はいつも無機物になりたがっていた。
「だから、なんとなく」
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