花月くんにとかされる

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 兵藤が机に肘をついて、手のひらで小さな顔を支える。その肩をきれいな髪がさらさらと流れていった。なんだか最近、命の危機に瀕することが多い。もちろんそれは比喩だし、物理を伴わない、いたって平和な状況で、呑気な絶体絶命なのだけど。 「…いいよ。生きるから話して」 「中学生の時、一緒に飼育係やっただろう。そのとき、ウサギ小屋で」 「うん」 「ちりとりに集めたフンを片手に、校舎中に聞こえそうな声で、僕と友達になってください! って言った」 「……」 「そこから私と陽冬はともだち」 「……あー…」  あんな場所でも、生き物の世話をするのは楽しかったな。兵藤がどうでも良さそうに言う。記憶の扉が開いた。というか、よく忘れてたな。そうだ。あのときも、どうしたら友達になれるのかわからなかった。だからもう直接言っちゃえと、当時の自分はたしかそんなことを考えたはずだ。驚いた。あのときから自分は何も進化していない。行動に起こせている分、昔のほうが優秀だったとも言える。 「生きていけそうか」 「大丈夫。…直接、聞いたんだ」 「うん」 「聞いたんだあ……」  じゃあ花月にも…。考えて、顔を覆う。想像しただけで顔が熱くなった。そんなセリフを面と向かって言えるだろうか。普通に話すのだってやっと、気を張って頑張ればどもらなくなってきたような状態なのに、僕と友達になってください、なんて。 「重症だ、陽冬」 「わかってる……」 「立入禁止の標識とどっちが赤いかな」 「知らない……」 「そうか。陽冬は、そんなになるくらい花月のことが」 「古池」  兵藤の言葉を、聞いたことのある声が遮った。両手で隠し、外界から遮断していた目が大きく開く。だってそれは、その主は、もうとっくに下校していて、ここにはいないはずで。  ホラー映画のクライマックスを見るときみたいに、おそるおそる手を外す。嘘だろうと疑う気持ちと、本当だったら良いと願う気持ちがミルフィーユみたいに積み重なっていた視線の先。煌々と夕日の差し込む教室、その入口に、花月楓が立っている。  わあ、と歓声が聞こえた。おそらく校庭で練習をしている野球部が、なにか良い活躍をしたのだろう。花月が現れたことで、それらのすべては意識の範疇から消えたけれど。 「は、花月くん」 「……友達?」
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