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教室へ入ってきた花月は鞄を持っていて、ここを出ていったときと同じ姿だった。彼は古池の席へ近づきながら、となりへ座る兵藤に視線を向ける。
「こいつが“花月くん”か」
「ゆ、夢乃、初対面でいきなり“こいつ”はだめだよ」
「そうだな。ごめん、花月」
兵藤は素直にそう謝ると、軽く頭を下げた。花月は特にそれらを気にする様子は見せず、自身の顎に手を当てると、古池と兵藤を見て何かを考えている。この学校で数少ない、きちんと話したことのある人間が同じ画面に収まっているのを見るのは、なんだか変な気分だった。なにか、何かをはなさない、と。
「あ、は、花月くん、帰ったんじゃなかったの?」
「忘れ物して。…大丈夫、すぐ出てく」
「え、」
「邪魔はしない」
古池にはまったくわからないけれど、花月の中ではなにかの結論が導き出されているらしい。邪魔、邪魔って、なんの? あ、もしかして僕の反省文? 周りに二人以上の人間がいると、反省文がかけないタイプだって思われたのかな。そんなタイプが現実に存在しているかどうかは別として。首を傾げていると、花月は言葉の通り自分の机からノートを一冊取り出して、さっさと教室から出ていきそうな雰囲気を見せる。
「待って、花月くん」
無意識だった。というか、ほとんど反射だった。慌てて口を抑えると、名前を呼ばれた花月が、驚いた様子で古池を見返している。なんで呼んじゃったんだろう。じゃなくて、なんで引き止めちゃったんだろう。さっきの言葉の通り、花月はただ忘れ物を取りにここへ戻ってきただけで、それ以外の目的はない。だから用を済ませたら帰ろうとするのだって、何も不自然な行動じゃないはずだ。でも。
行ってほしくないと思ってしまった。まだここにいてほしい。ここにいて、それで、…特に何かをしてほしいわけじゃない。ただもう少しだけ近くに、自分の声が届く距離に、いてほしかった。でもそれを、なんて伝えたら良いんだろう。
ごまかさなきゃ。特に用がないのに呼びとめたなんて、悟られたらきっと息もできない。古池が頭の中の広辞苑から、なんとか言い訳に使えそうな言葉を探していると。
「たいへんだ、用事を思い出した」
紙に書かれた文章をそのまま読み上げたようなテンションだった。兵藤はそういうと席を立ち、ぽかんとする古池を見下ろす。
「夢乃?」
「陽冬、がんばれ」
「えっ」
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