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「またな。成果は今度聞く」
かけられた言葉は少なかったけれど、足元に放っていた鞄を持った兵藤が、すたすたと教室を出ていく前に見せた笑顔を見て、古池はその気遣いを悟った。…今度、お菓子か何か買ってもっていこう。感情がおもいきり顔に出てしまっていたような自覚はないから、先程の席のときと同じように、兵藤が諸々察してくれたのだろう。感謝以外の感情がない。でもいきなり二人きりにされるとその、心の準備がですね。
残された二人は、しばらく会話をしなかった。やがて花月は自分の鞄を机の上にどかりと置くと、そのまま席を引いて腰を下ろす。
「……相談事」
「え、」
「時間とってもらうくらい大事な話があったんじゃないの」
背もたれに肘をついた花月が、伺うような視線を向けてくる。色素の薄い髪が、差し込む夕日に焼かれてキラキラと輝いていた。
相談事。相談事……。そういえば、相談事があるときだけ夢乃とお昼を一緒に食べるのだという話を、していたような。もしかして、今日の放課後に二人で残っていたのも、それだと思ったのだろうか。だから邪魔はしない、なんて。
「あ、と、特に…夢乃とはちょっと、話してただけ」
「そう」
なんでかわからないけれど気まずい。冷や汗をかく古池とは反対に、花月はいつもどおりに見えた。むしろどこか、安心しているような。
「は、花月くんは」
「うん」
「友達と遊びに行ったんじゃないの」
「いつ?」
「今日」
「なんで?」
「なんで…?」
「遊んでたらここにはいない」
あまりにも純粋な瞳で聞き返してくるから、なんだかこちらがとんでもなくおかしなことを聞いているような気分になった。言われてみれば…まあたしかに、遊んでいたらここにはいないと思うんだけど。
「クラスの人達と、教室を出ていくのが見えたから」
「ああ。方面が同じだったから、途中まで一緒に歩いた」
それは一緒に下校したと呼ぶのでは…? すこし余所余所しい言い方だったので、古池は内心唸ってしまう。自分も大概かもしれないけれど、花月にとっての友達やクラスメイトの基準は、なかなかにハードルが高く設定されているのかもしれない。…なれるだろうか。それを越えられるような存在に。隣に座るだけで白旗の自分が。
「…花月くんは、電車通学?」
「そう」
「やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?」
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