花月くんにとかされる

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「う、あ、僕は家が近いから、歩いて通学してるんだけど」  好き勝手想像を広げていたことを自白しかけて、あわてて話題を自分の方にひっぱりよせる。言えない。自転車に乗っている姿を思い浮かべていたことも、毎朝同じ車両に乗っているであろう他人に嫉妬していたことも。 「電車通学だと、帰りに駅で遊べるから良いね」 「お前も遊ぶの?」 「え?」 「駅で」 「あ…、う、うん。駅前の映画館、たまに昔の名作を上映してたりするから、それ目当てで行ったりするよ」 「ふうん。映画館あるんだ」 「花月くん、あまり駅前とかで遊ばないの?」 「うん。まだ引っ越してきたばっかだから」 「あ……そうか」  転校生ってことは、そうか。自分がこの街から一歩も出たことのない身分だから、ついつい想像力に欠けてしまう。考えれば知らない街へ来て、いきなりその周辺の駅で遊ぶなんて、なかなか勇気のいることかもしれない。古池は考える。いったいどうしたら、花月にこの地域を好きになってもらえるだろう。 「…映画館もだけど、駅には他にも古い図鑑が売ってる本屋さんとか、ちゃんと動くのかな? って機体ばっかりおいてあるゲームセンターとかあって、探検するとけっこうおもしろいよ。意外と裏路地が多くて、自由に歩くと迷子になっちゃいそうなんだけどね」 「へえ。いろいろあるんだ」 「うん。このあたり詳しい人…クラスの皆はだいたいそうなんじゃないかな。体育祭の打ち上げとかもぜんぶ駅前のお店でやってるみたいだから。だから花月くんがもし駅で遊びたいなあって思ったら、誰かに声をかけて一緒に行くのがいいよ。街を歩くのだって、初めてなら一人よりも、となりに誰かがいたほうが楽しいと思うし」  おそらくいまこの瞬間、古池は誰よりもこの街を魅力的に語ることのできる存在だろう。だってほかでもない花月に説明しているのだ。観光大使になれそうな勢いだった。彼が喜んでくれるのなら、この街を案内するためだけに公民館へ引きこもって、自分もまだ知らないようなこの街の名物や、隠れ名所を勉強したって良い。そうやって古池が人知れず気合を入れていると、 「じゃあ、一緒に行く?」
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