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素っ頓狂なことを言ってしまっている自覚はあったけれど、事実だった。ばかみたいに膨大な事実と情報だけが流れ込んできて、とても今朝の自分の行いを振り返る余裕がない。いまなにか文章を生み出そうとしたら多分、花月に向けての手紙みたいになる。それを提出なんかしたら、課題が倍になるどころの騒ぎではない。あらゆる意味でつみだ。
「…古池」
「はい」
「ほっぺたに睫毛ついてるよ」
「まつげ…?」
指摘を受けて顔を上げると、いつもとあまり様子の変わらない花月は、古池の頬のあたりをじっと見ていた。ただでさえ全身が熱いのに、そんなに見つめられたらいよいよ本格的に融解を始めてしまいそうだ。もしも形を保てなくなったら、そのときは誰か、花月くんに溶かされたんだっていう僕の遺言をどこかへ伝えてください。
「僕にも睫毛って生えてたんだ…」
「何いってんの。とるよ」
「ぅあ、あの、じぶんで」
「うごかないで」
今までに出したことないような声が漏れた。花月がこちらに向かって手を伸ばしている。目の前のこれが現実なのかどうか脳内で二十回ほど疑ったが、しっかりと目が驚きで見開いているのでどうやら現実だった。腰を上げて古池の机に手をついて、あのときの中庭みたいに花月の信じられないくらいきれいな顔が近づいて、まってほんと、ほんとに。
ふわ、と香るのはやはり、香水だろう。柔軟剤じゃない。そうであってほしい。仮にこれが柔軟剤だったら全国に僕と同じ症状で悶ている人間が数多くいるはず。だってなんか、好きな子からしてほしい香りランキングとかあったら絶対に首位をキープするような匂いがする。
耐えきれなくなって目を瞑る寸前、こちらへ伸ばされていた大きな手が、頬へ触れる寸前でピタリと止まる。赤くなりすぎて引かれただろうか。その現実でいつでも青くなれるんですけど考え直してもらうことは可能でしょうか。上目遣いに様子を伺うと、花月はにや、と口角をあげて古池の様子を観察している。
「…はは。また、しんじゃいそう?」
……楽しんでるじゃん、この美形。ちょっかいをかけられた古池が、その挙動ひとつひとつに致命傷となりえる刺激を受けているのを見て、さぞ愉快なんだろう。離れていく顔は、今まで見たことがないような、悪い笑い方をしている。いたずらが成功した後の子供みたいだ。そういったらすこしは反撃ができるだろうか。……返り討ちにあいそう。
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