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「…そんな簡単にしなない」
「身構えながら言われてもな」
「ちょっと力が入ってるだけ」
「古池、首まで赤くなるんだね」
「……これもいじわる?」
先日中庭で、花月が言っていたことを思い出す。いじわるしたくなるなんて冗談か幻聴だと思っていたけれど、どうやらそのどちらでもないらしい。すこし責めるような目でじ、と見つめると、花月はそんなことは意にも介さず、今度はふわりと微笑んだ。あ、不意打ちはだめです。
「ただのいじわるかな。なんだと思う?」
科学的にはまだ証明されていないことかもしれないが、美形の微笑みにはついうっかりすべてを許していまいそうになるような効果がある。いつか学会で立証される日が来たら、そのときは経験者として真っ先に手をあげたい。ばっちりほだされそうになりながら、古池はまだすこしの反撃を試みる。
「いじわるだよ。花月くんはいじわるだ」
「ふふ、」
「笑ってもごまかされないよ」
「性格良いわけじゃないって言ったじゃん。…イメージと違った?」
「え?」
「もう俺への興味、なくなっちゃいそう?」
ここでその質問はすこし、ずるいと思った。花月の声の調子は変わらない。だから雰囲気だってそのままだし、露骨に空気が変わったわけじゃない。それでも、古池はなんとなくわかってしまう。きっと彼が幾度となく経験してきて、そのたびに色々なものを諦めたのであろう場面が、実はもうすぐそこに、古池の答え次第で現れる。だからここで、言うべきことは。
「…そんなことは、予定にだってないですけど」
「あ、敬語になった」
「ぐ…」
ぐうの音が出た。自分的には結構真剣に伝えたつもりだったのに、これではきちんと受け取ってくれたかもわからない。内心でこっそり拗ねていると、花月が少し声のトーンを落とす。
「さっき、睫毛ついてるって言ったじゃん」
「う、うん」
「あれ、冗談」
「…うん?」
「本当はついてなかった。でもさっきの、俺のことでいっぱいいっぱいになってる古池見てたらなんか、ここで俺がまた触ったらどんな顔すんのかなって気になって、それで口実にした」
「……はなつきくん」
「今まで自分から人をこんな風に困らせようと思ったことないんだけどさ。……やっぱ、お前といるときの俺ってちょっと、変かも」
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