花月くんにとかされる

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 花月は思案顔で、気まずそうに古池から視線をそらす。その様子を見るに本当に困惑していて、古池にたいする自分の態度が理解できないのだろう。きっと自問自答を繰り返しているその横顔は、やっぱり美術室にある彫刻みたいに完成されたラインを保っている。  たぶん、古池が答えるべき単語は一つだけだった。それを言えばきっと、はっきりとした拒絶を示せば、この心臓を燃やすような日々からは開放された。けれど、そうだとわかっていても、古池はあえて、正解を選びたくはなかった。だって。 「……僕は嬉しいよ」 「…なにが?」 「花月くんが僕のせいで変になってるの。……他の人よりちょっとだけ、特別みたいで」  しにそうに悶える日々でも、花月とまだ一緒にいたかったから。どんな理由であれ、彼が僕に意識を向けてくれている。それがたまらなく、嬉しかったから。教室に未だ差し込む夕日が、古池の顔をより鮮やかに色づけている。花月はぱちぱちと瞬きを繰り返すと、また気まずそうに自身の口元へ手を当てた。所感ではあるけれど、同じような表情でもこれは、先程とは少し意味が違うように見えた。 「……なんかお前って、道徳の教科書みたい」 「どうとく…?」 「普通なら言わないような…心の中身があけすけに書いてあるって感じ」 「うん……?」  あまり意味がわからなかった。古池が首を傾げていると、花月が責めるような目でそれを見る。 「なんでもない。はやくそれ書いて。あとあんまりこっち見ないで」  気がつけば、校庭は静まり返っている。部活ももうすぐ終わる頃で、いまは後片付けに勤しんでいるのだろう。教室全体に差し込んでいた茜色は、ずいぶんとその彩度を落としている。それでも、気のせいだろうか。古池に言葉をかけた後、窓の外へと視線をそらした花月の、血管が透けているような肌が少し、色づいて見えた。願望からくる幻覚なら、それでもいい。けれど、現実ならもっと良い。 「…なに。嬉しそうな顔して」 「花月くんが、かわいいなって」 「はあ?」 「反省文、頑張ってかくね」  なんだか急にやる気が出てきた。とてつもない幸運に見舞われた後みたいな心境だ。いまならたぶん、何でもできる。世界だって救えちゃう。あ、やっぱそれは無理かも。気持ちの上でなら無敵な自信があるけれど。 「…古池」 「うん」 「俺が変なの、嬉しいって言ったよね」 「うん」
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