花月くんにほめられる

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花月くんにほめられる

 怪我をした女の子を、保健室へ連れて行った帰りだった。 「お前ホモなんだろ」  がらり、と教室の戸を引くや否やかけられた声は、正しく自分に向けられている。顔を上げると、制服の紺、名札の黄色、水槽の緑、虹彩の黒がぐるりと僕を取り巻いていて、どこにも逃げ場なんてない。 「女子と話しててもなんか、興味ねえって感じだし」 「そういえばこの間、飛鳥くんが」 「え、ほんと? 違うよね?」 「古池くんは普通の人だよ」 「聞いてみようぜ、なあ」  息を呑む暇もなく教室中の視線が集まって、それが大きな一つの槍みたいに立ちすくむ身体を貫く。見ている。みんなが僕を見ている。どこを見ても誰かと目が合う。僕の反応を伺っている。目が。目だ。ああ。何か言わなきゃ、そうだ、違うって言うんだ。僕は違う。違うって言って安心させなきゃ、じゃないとみんなが怖がるから。ちがうんだって、ちがうって、ちがう、ちがう……。  違うの、かな?  ◆  今日までどういう気持で過ごして来たのか。あまり覚えていないが、カレンダーを見るとしっかり土曜日なので土曜日である。古池はなんだか信じられないような気持ちで玄関に佇んで、もう何回も直した髪型をまた、靴箱近くの大きな鏡で確認する。直しすぎて何が正解なのかわからない。とりあえず変ではない、と思いたいけど。  約束をした日。寝坊をしてその反省文を書いて、花月と一緒に下校をして──という経験をした日から、もう一週間が経とうとしている。「ここまで来る」といわれて、やっぱりそれはいろいろと申し訳ないから近くの公園で待ち合わせしたいと頼み込み、家の前で花月と別れたこと、前日に「明日は寝坊すんなよ」と言われたこと、すべてが現実味を帯びない。ぜんぶ僕の妄想上の出来事でした、とかだったらどうしよう。それでもお釣りが来るくらいには十分、幸福な思い出ではあるけれど。  腕時計を見るとまだ約束の一時間前だったが、休日に電車でここまで来てくれた花月を一分でもまたせたら自責の念で心がしんでしまいそうだったので、古池はすでに鼓動の早くなっている胸をおさえながら家を出た。公園は古池の家と駅のちょうど中間にある。学校よりも近いから、十分もあるけばつくだろう。よし、これで花月くんを待たせるなんて失態はおかさないな。
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