花月くんにほめられる

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「あれ、はやいね」  そう思っていた時期を、まるで遠い昔のことのように感じます。 「は、はなつきくん…?」 「おはよう」 「おはようございます…あれ? 僕もしかして約束の時間まちがえちゃった…?」 「間違えてないと思うよ。ここまで来る途中に道とか迷ったらいやだったから、ちょっと早く出てきた」  なんでもないことのようにそう言って、花月は携帯をズボンのポケットにしまう。そして魂を抜かれてしまったような状態の古池を見上げ「とくに待ってないから、そんな青い顔しなくていいよ」と続ける。なんだかすべてが都合の良くて、やっぱりこれって僕の夢なんじゃないか?  公園についてすぐ、入口近くのベンチにひときわ輝く存在がいたので、古池はためしに自分の頬をつねってみようかと思ったくらいだった。それから、初めて見る私服とか、手元の携帯を見るためにふせられた目とか、それでもなお煌めく立ち姿とか、なんだかいろいろな要素が暴力的な刺激となって、膝から崩れ落ちそうになった。花月が身につけるものであれば、たとえば上下灰色のスウェットとか、お花柄のパジャマとかそういうものであっても、古池にとっては高級なブランド品に見えるだろう。別にブランド品を信仰しているわけではないけれど、古池の中に存在する褒め言葉の上位がこれだった。雑誌じゃんもう、雑誌の人が出てきて歩いてるじゃん。 「大丈夫? なんか遠い目してるけど」 「これから大丈夫になるところ……」 「…俺の格好、どっか変だった?」 「なんで!?」 「びっくりした」 「あ、ご、めん。なんでそう思うの…?」 「お前の様子がおかしいから」 「そ、れは、えっと」 「うん」 「……私服の花月くんが、新鮮というか……かっこよすぎて……」 「……」 「……」 「…さすがにはずかしいかな…」 「ごめんなさい…」 「謝ることじゃない、とは思うけど……ほめてくれてありがとう。とりあえず、行こうか」  花月は気まずそうに視線を斜め下へ逃している。伝えなきゃよかったかもしれない。あとになってそう思うけど、それでも自分が花月の格好に何か違和感を抱いたのだという誤解を抱かせたまま、今日という一日を過ごすのは嫌だった。言わぬは一生の恥というやつである。
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