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「人の目が多いとこ好きじゃないのに、そんな素振りも見せないで、俺のために駅をいろいろ案内してくれるし」
「それは、僕がそうしたいからで」
「今も俺に気を遣って、真っ赤になりながら言葉をくれてる」
「そ、それも僕が、」
「前に中庭でお昼食べたときも思ったけど、必要なときに必要な言葉を用意できるっていうかさ。そういうことができるの、素直にかっこいいって思うよ。きっと、俺にはできない」
「ぁゎ……」
どんな反応をしていいかわからなくて、いままでに出したことのないような声が漏れた。いまこれ、どういう状態だ? 僕の身に何が起きている? やっぱ夢だったりする?
「頼んだやつ食べたら丁度いい時間になってると思うし、すこし早めに映画館行こうか」
「……」
「古池?」
「ごめんちょっとまだ、受け入れきれてなくて…」
「なにが?」
「花月くんが僕のことを褒めてくれたっていう現実が…」
「…俺ってそんな、人のこと褒めないようなやつに見えてた?」
「そういうことではないんだけど…」
花月が自分に対して少しでも、好意的な感情を抱いてくれたことが嬉しくて。素直に言える口だったらたぶん、こんなしにそうな思いはしていない。
わかんないけど、とりあえず水もらう? 花月のそんな些細な問いかけにも、その時の古池は、ただ黙ってうなずくことしかできなかった。
人の出入りはほどほどだった。時間になってまた映画館へ戻ってきて、エレベーターで三階へ行く。古そうなポップコーンのワゴンがあったりとか、大きなうさぎのオブジェが置いてあったりとか、遊園地の入り口みたいなカウンターでチケットを見せると、おそらくバイトのお兄さんはニコリと微笑んで「楽しんでね」と声をかけてくれた。こういうところでアルバイトをするのはすこし、楽しそうかもしれない。古池の通う学校はアルバイトが禁止されているから、こんな最寄駅でバイトをするなんて自滅行為だけど。
開け放たれた重厚な扉をくぐり、暗闇へ一歩踏み出すと、かく、と視界が沈んだ。
「危な」
花月の声がして、ぐいっと腕を引かれる。暗幕で座席へ続く階段に気が付かず、足を踏み外したのを花月が咄嗟に助けてくれたみたいだった。
「あ、ありがとう花月くん……久しぶりで、段差があるの忘れてた」
「いいよ。俺が先歩いてたら、立場逆だったと思うし」
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