花月くんにほめられる

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 なにか合図を見たわけではない。花月はいつもどおりで、その顔色にだって、露骨にマイナスな感情は現れていない。でも、なんだか違和感が。  止めた方が良いだろうか。この話題はきっと、彼にとって好ましいものではない。古池が何か声をかければ、大家は邪険に扱うことなく会話をしてくれるだろう。 「いやでもほんとに意外だったんだよ、だからつい声もかけちゃったし」 「…なにがそんなに意外なの」 「だって俺、楓くんが誰かと二人きりになるのは、彼女とデートするときだけなのかなって思ってたから」  何か言葉を作ろうとしていた口が、少しだけ開いて止まる。 「一回だけ見たことあるんだよね、楓くんのデートシーン。あのときはえっと…、ゆいちゃん、だったっけ」  会話、が。  二人の会話が遠く聞こえる。言葉は確かに理解できる日本語として頭へ入ってくるのに、その内容を噛み砕くことを、心が拒否している。これ以上、情報を自分の中へ入れたくない。聞きたくない。ぞわぞわと鳥肌が立つ感覚がする。そうだ、これを。この感情を、僕は知っている。  …違うんだ。  花月くんには彼女がいて。今はどうかわからないけど、とにかくいたという現実があって、だから彼は、女の子が好き。  勘違いをしていたのかもしれない。花月くんが優しいから。理由は何であれ、ためらいなく触れてくれるから。もしかしたら、この感情も許されるかもしれないなんて、随分と身の程知らずな期待をしていた。  こんな気持ちを抱えたまま友達になりたいなんて、僕はなんて、都合の良い夢を見てたんだろう。 「あ、俺もう行かなきゃ。じゃあねはるちゃん、楓くん。中学の時の知り合い、会えなくはない距離に進学したやつもいるっぽいからさ。また皆で遊んだりしようよ、ね。もちろん、はるちゃんも来ていいし」  しばらくして、古池の様子には気が付かず、大家は携帯で時間を確認すると声を上げ、おしまいにだらりと下がった古池の手をとってぎゅ、と握った。  握手だ。握手されてる。初対面の人に。  暗い感情で埋め尽くされていた頭は、すこし遅れてその事実を認識した。突然のことで身体がびくりとはねて、大袈裟に慌ててしまう。 「ひえ、」 「ひえって。ごめんね、挨拶のつもりだったんだけど」 「あ、え、えっと、」 「はるちゃん、なんか顔赤いよ。大丈夫? 具合悪い?」
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