18人が本棚に入れています
本棚に追加
なにか合図を見たわけではない。花月はいつもどおりで、その顔色にだって、露骨にマイナスな感情は現れていない。でも、なんだか違和感が。
止めた方が良いだろうか。この話題はきっと、彼にとって好ましいものではない。古池が何か声をかければ、大家は邪険に扱うことなく会話をしてくれるだろう。
「いやでもほんとに意外だったんだよ、だからつい声もかけちゃったし」
「…なにがそんなに意外なの」
「だって俺、楓くんが誰かと二人きりになるのは、彼女とデートするときだけなのかなって思ってたから」
何か言葉を作ろうとしていた口が、少しだけ開いて止まる。
「一回だけ見たことあるんだよね、楓くんのデートシーン。あのときはえっと…、ゆいちゃん、だったっけ」
会話、が。
二人の会話が遠く聞こえる。言葉は確かに理解できる日本語として頭へ入ってくるのに、その内容を噛み砕くことを、心が拒否している。これ以上、情報を自分の中へ入れたくない。聞きたくない。ぞわぞわと鳥肌が立つ感覚がする。そうだ、これを。この感情を、僕は知っている。
…違うんだ。
花月くんには彼女がいて。今はどうかわからないけど、とにかくいたという現実があって、だから彼は、女の子が好き。
勘違いをしていたのかもしれない。花月くんが優しいから。理由は何であれ、ためらいなく触れてくれるから。もしかしたら、この感情も許されるかもしれないなんて、随分と身の程知らずな期待をしていた。
こんな気持ちを抱えたまま友達になりたいなんて、僕はなんて、都合の良い夢を見てたんだろう。
「あ、俺もう行かなきゃ。じゃあねはるちゃん、楓くん。中学の時の知り合い、会えなくはない距離に進学したやつもいるっぽいからさ。また皆で遊んだりしようよ、ね。もちろん、はるちゃんも来ていいし」
しばらくして、古池の様子には気が付かず、大家は携帯で時間を確認すると声を上げ、おしまいにだらりと下がった古池の手をとってぎゅ、と握った。
握手だ。握手されてる。初対面の人に。
暗い感情で埋め尽くされていた頭は、すこし遅れてその事実を認識した。突然のことで身体がびくりとはねて、大袈裟に慌ててしまう。
「ひえ、」
「ひえって。ごめんね、挨拶のつもりだったんだけど」
「あ、え、えっと、」
「はるちゃん、なんか顔赤いよ。大丈夫? 具合悪い?」
最初のコメントを投稿しよう!