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それはたぶん吃りまくってる口から酸素が入ってこないからで…。過度に人見知りをする方ではないが、それでも知らない人からいきなり手を握られたら狼狽するくらいの線引きはある。どうしよう、でも挨拶を跳ね除けるのはなんか感じ悪い気がするし、この人は花月くんの友達なんだから失礼なことはしない様に、ああでも、えっと、なんかいろんな事考えすぎて頭が、
「もういいだろ、大家」
聞いたことがない様な声だった。いつもより低いそれは、それでも確実に花月から発せられたもので、古池は呆気に取られながら彼を見る。
「離してやれよ。困ってんだろ」
花月はいつもと変わらなかった。でもきっと、そう見えるだけだった。軋む様な空気は確実にその場へ蔓延っていて、それを見た大家が意外そうにぱちりと瞬いた後、古池の手を解放する。
「……あー、ごめんねはるちゃん。俺人との距離感おかしいってたまに言われんの。ほんと、悪気はなかったから」
「う、うん、大丈夫…」
「やべ、時間過ぎちゃいそう。じゃあ俺今度こそ行くね、ばいばい」
最後までなんだかふわりふわりと浮いた様な雰囲気のまま、大家はその場に気まずい空気だけを残して立ち去った。残された古池と花月の間に会話はない。二人が何か、直接的な軋轢を生んだわけではないのに、どうしてこんな感じになってしまったんだろう。
…なんて、理由はもうわかっている。
花月はたぶん、二人の前で露骨に不機嫌を顕にしてしまった自分が気まずくて。古池の方は、先程再確認した自分の気持が、いたたまれなくて。
「…今日は帰ろうか」
しばらくして、そう言ったのは花月だった。ぎゅう、と胸が締め付けられるけれど、反対する言葉は古池の中にはない。
「…うん。そう、だね」
「家まで送ってくよ」
「え、い、いいよ。花月くんはこのまま駅へ行って、電車に乗った方が早いだろうし…」
「送りたい。俺といるの、いやじゃなかったらそうさせて」
その言い方は少し、ずるいと思った。花月といることがいやなわけなんてないのに、なぜだか言葉にできなくて、無言で頷く。それをみた花月が、行こう、と前を歩き出した。
その背中が、手を伸ばしたって永遠に届かないくらい、遠くに見える。
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