花月くんにおとされる

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ざりざりと、前を歩く花月の、砂利を巻き込んだ足音だけが聞こえる。駅から離れ住宅街へ入ると、あたりから人の気配が消えた。ぽつぽつ灯り始めた街頭は、二人が迷わないように足元を照らしてくれている。  言葉が何も思いつかなかった。  ただしくは、言いたいことはあったのだけれど、そのどれもがまとまらなかった。何から話したら良いんだろう──どこまで聞いて良いんだろう。大家から古池を開放したときの花月は、今までに見たことがないくらいの感情を顕にしていた。花月くんも、怒ることがあるんだ。場の空気に似合わずそんなことを考えるくらいだった。  古池が何も言わないままでいるので、花月も同じようにしている。暫くそうやって歩くと、今朝花月と待ち合わせた公園が見えてくる。 「…っあの、はなつきくん」  声を出したのは古池の方だった。脳内には、いつか兵藤に言われた言葉が反芻している。  勇気さえ、もっていればいい。  この関係へ──花月くんとの関係へ、良くも悪くも名前をつけたいと思うのであれば。曖昧で形のないままで終わらせたくないのなら、自分がここで、なけなしの勇気を振り絞るしかない。 「ちょっと、話していきませんか」  敬語になった。けれど、いつもみたいに指摘はされなかったし、反対もされなかった。振り向いた花月はただ頷いて、その横顔を街頭の暖かな発光が縁取っていた。  日の落ちた公園には誰もいない。もともとここには遊具らしい遊具が設置されていないし、暗くてボール遊びもできないとなれば、わざわざ訪れる用事だって生まれないだろう。敷地へ足を踏み入れて、しばらく歩いた場所にあるベンチへ並んで座る。会話はない。言葉を待っている、というよりは、お互いが相手へかける言葉を探しているような雰囲気だった。  勇気がいる。だって、いままで誰にも話してこなかったことだ。だからもちろん、言葉にするのだって初めてで……それでも、いわなければならない。いや、違う。言いたい。花月には知ってほしい。それが何も知らず、自分にいままで付き合ってくれていた花月への、せめてもの贖罪になる。  大きく息を吸った。肺に溜まった空気が、そのまま全身の緊張を解してくれれば良いと思った。 「…僕、花月くんと友だちになりたかったんだ」
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