花月くんにおとされる

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 話し始めると、花月はきょとんとした顔で古池をみて、やがてすこし困惑したような様子で口を開く。 「…俺はもう、友だちだと思ってた、けど」 「……ほんと?」 「なんとも思ってないやつと、休みの日に二人では遊ばない」  確かにそれは…もっともかもしれない。けれどその線引は目に見えないし、目に見えないのであれば察するしかない。少なくとも、古池には経験不足でその能力が備わっていなかった。だから合意をとらなければ、友だちとすらよんではいけないと思っていた。……そうか。花月くんは、僕のことをそう思ってくれていたのか。だったらあの日、美術室で振り絞った勇気は、何の無駄にもならなかった。そしてそう思ってくれているならなおさら、この話だけはしておかなくちゃ。  花月はぱちぱちと大きな瞬きを繰り返す。これから古池が話そうとしていることに、一切の検討がついていない。 「僕が通っていたのは、私立の中学校だったんだ」  だって、話し始めがこれだった。当惑はあえて拾わず、古池は話を続ける。いまこの口を止めてしまったら、もう二度とこの気持ちを伝えることはできないような予感がしていた。 「ここからすごく離れたところにある学校で、毎日往復四時間くらいかけて通ってた。そんな場所だったから、知り合いは一人もいなかったけど、うまくクラスには馴染めてたつもり。最初の頃は楽しかったよ。両親の期待に応えられたことも、きれいな校舎も、立派な制服も、いろいろなことが誇らしかった。……でも、三年生の時。掃除の時間に怪我をしちゃった女の子がいて、その子を保健室へ連れて行って、教室へ戻ると皆が僕を、何かおかしなものを見るような目で見ていた。そして突然、聞かれたんだ。お前は男が好きなのかって」  声が震えないように、手を固く握る。花月の反応を伺うのが怖くて、丸まりそうになる背中を必死に堪える。 「どこからそういう話になったのかはわからない。けど、その時の僕はひどく焦って、すぐに否定して、この空気をなんとかしなきゃって、そう思って……思ったのに、できなかった。男が好きなのかって、そう聞かれて初めて自覚したんだ。言葉にするのも億劫なくらい前からずっと、心へ積もってた違和感には、そういう名前がついていたんだって」
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