花月くんにおとされる

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 最初は多分、小学生の時。遠足の時間に「迷子にならないよう、男女で二人組を作って歩いてね」と言われたときだ。どうして男女なんだろう。素直にそう思った。どうして、男同士や女同士ではだめなんだろう。どうして周りの皆は、特に不思議そうな様子もないんだろう。どうして僕だけが、こんなに。 「たくさんの人に見られると、どうしてもその時のことを思い出すんだ。誰に責められているわけでもないのに、みんなから糾弾されているような気分になる。…私立の中学校から県立の高校へ進学する生徒は少なかったから、僕は逃げるみたいに、自分の家から一番近い高校へ進学した。でも、そうやって環境を遠ざけても、僕の中にあるものからは逃げられない。僕の性別にはもう、名前がついてしまっている。美術室で花月くんに声をかけたのは、友達になりたかったからだよ。自分ではそう思ってる。けど本心はわからない。二年生になった日に、校舎の窓から校庭を見下ろす君を見て一目惚れをして、なんとか近づきたいって思った僕もたしかにいて、だからいまこうやって君と話すことができてる」  下心を否定することはできない。仲良くなれたら良いと思った。名前を呼んでくれたら嬉しいと思った。隣に立てたら幸せだと思った。そこにあったのは純粋な友情だけなのか。古池がわからないものを、他の誰かがわかるはずがない。けれど、これだけは言える。花月は何も知らなかった。古池が友情以外のものを抱えているなんて露知らず、いままで付き合ってくれていた。もしも、古池が”こうである”と最初から知っていたら。  じわり、と視界が滲む。今この瞬間、自分の全部が嫌いで、四肢がついていることさえ疎ましく思えてくる。 「ごめんね。僕がこんなだってわかってたらきっと、花月くんに無駄な時間を使わせないですんだ。純粋な友情に友情で返せない僕なんかに合わせなくて済んだ。……僕、花月くんと友達になりたかった。友達に、なりたかったよ。それで、それだけで満足できる性別なら良かった。その先を考えない頭と、それを普通と思う心が欲しかった」  流す涙さえ汚らわしい。だめだ、こんな醜態を晒しては。だって傷ついているのは彼の方だ。泣いて良いのだって僕じゃない。だからはやく、泣きやめ。顔を上げて、今までのお礼を言って、そうしたらまた、何もなかった頃みたいに。 「花月くんは優しくて、一緒にいると嬉しくて……気持ちがどんどん、強くなる。だからこれ以上、僕とは一緒にいないほうが」
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