花月くんにおとされる

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 言葉の終わりを待つことなく、ずい、と半ば強引に、ぼやけた視界へ紺色が現れる。ぱち、と瞬くと雫が落ちて、差し出されたハンカチに濃淡が生まれた。顔を上げると、傍らの花月がまっすぐに古池を見ている。そこに蔑視はない。ただすこしの、怒りが感じ取れる。 「話してくれてありがとう。それ、つかって」 「でも、」 「涙が止まるまで、俺の話を聞いて。言葉の続きはそれからでも遅くない」 「……」 「見えてたよ、古池。あの時、校舎の二階から」  どくり、と心臓が音を立てた。手に握らされたハンカチからは、やっぱり微かなお花の香りがする。 「教室まで引率してくれる、担任を待ってるときだった。なんとなく見下ろしてみた校庭に、すごく、キラキラした目をしたやつがいた。最初は、俺の後ろにロケットでも飛んでるのかと思って、後ろを振り返ってみたりしたけど何もなかった。あいつには何が見えてたんだろう。何がそんなに煌めいてたんだろう。後であったら理由を聞こう。そう思ってたら、同じクラスで後ろの席だったから、逆になんか話しかけ辛くて。だって「あの時俺のこと見てたよね」とか、自意識過剰みたいっていうか、もし違ったらその後どう接していいかわからない。そんなことを考えてたら、古池の方から声をかけてくれた」  そんな目を、していただろうか。呆気にとられている古池に、花月は言葉を続ける。 「昔から、人に期待してもらえることが多くて。だから俺も、最初のうちはそれに応えようとしてた。友達だと思ってる人からのお願いなら、なるべく叶えてあげたくて、みんながしたいことが、そのまま俺のしたいこと。皆が喜ぶなら俺だって嬉しい。そう思ってた。だから初めて女の子に告白されたときも、告白の現場を物陰から見ている皆をがっかりさせないように、っていう馬鹿みたいな理由で受け入れた。…話変わるけど俺、駄菓子が好きだったんだよね」  本当に唐突な舵取りだ。いまだ古池の手に握られたままのハンカチは、じんわりと熱を持ち始めている。
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