花月くんにおとされる

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「子供っぽいとは思ってたけど、特に悪いことだとは思ってなかった。だから普通に、その時付き合ってた女の子……大家が言ってた子ね。その子にも言った。そしたら「別にいいけど、恥ずかしいから他の人の前では食べないでね」って言われた。ただただ、不思議だった。だって俺の好きに、他の人の許可がいるなんて、思ってもみなかったから。そしてその時から、自分の行動に違和感を覚える事が多くなった。俺がしたいことと、みんなが俺にしてほしいことがいつだって逆で、どっちを優先したら誰が喜ぶのか。俺がしたいことは本当に俺だけの気持ちなのか。皆が喜ぶからそうしてるんじゃないか。考えていくうちに、もう全部、わからなくなった。  一年生が終わるタイミングで、学校を変えることになるかもしれないって親に言われたときは、正直チャンスだと思った。わからないなら、最初から全部やり直したい。新しい学校ではきちんと自分でありたい。そんな事を考えてた。…中庭でご飯食べたとき、あったじゃん。あのとき古池が言ってくれた言葉たちは、間違いなくあの時の俺に必要な言葉だった。特別なことなんて何もできないと思ってた俺の行動にはきちんと意味があって、それが誰かの役に立ってるんだってわかって少し、自信が持てた。過去の記憶の中でずっと俯いて、頭を抱えてた俺が、あの時確かに報われたんだよ」  花月の色素の薄い虹彩が、ぼんやりともる街頭を吸い込んで煌めく。まるで朝焼けを写す海岸を見ているような心地で、古池はいつか、この瞳で世界を見てみたいとすら思った。 「古池は俺のことをよく優しいって言ってくれるけど、そうやって言葉にできる古池が一番、他人を思いやれる人なんだって思う。俺は古池の言葉に何回も助けられた。だからそんな古池を貶めることは、たとえ古池自身であっても見過ごせない」  静かな怒りの根幹は、おそらくここだ。花月の語気が強くなって、言葉がより鮮明に古池の中へ落ちる。 「下心があって何が悪いの。そんなの誰だってやってるし、誰だって持ってる感情でしょ」 「…でも、」 「男同士だから駄目で、男女なら良いって誰がお前にそう言ったの。どうして古池が俺を好きだって思ってくれる気持ちに、他人の良し悪しが関わってくるの」  視線が交わって、少しもそらせない。囚われている。今この瞬間。自分の五感の全ては、花月の言葉を聞くために存在している。
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