古池くんは絶体絶命

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 朝起きる時間が、三十分くらいはやくなった。登校時間が変わったわけではない。古池は以前と同じように、自分の中で丁度よいと思う時間に家を出て、遅刻することなく席へ着いている。それではなぜ、早起きをするようになったのか。  何度も鏡で確認して、確認のし過ぎで正解がわからなくなった髪からようやく手を離すと、ドアノブを前に深呼吸を数回。がんばれ。いける。大丈夫。僕は平気。そうやっておまじないめいた言葉を言い聞かせながら、意を決してガチャリと玄関を開ける。 「おはよう、古池」  太陽よりも眩しい存在がそこにいた。思わず目を細め、次からはサングラスでもかけようかと真剣に考えてしまう。玄関の前へ当たり前のように立っていた花月楓は、おそるおそるといった様子で扉をくぐった古池の姿を見て、ふわりと表情を緩ませる。…これ以上眩しさに磨きをかけてどうするんですか? 「お、おはよう、花月くん」 「うん。ちゃんと起きれた?」 「むしろいつもよりはやく起きたよ…」 「時間は変わんないんだから、いつもどおりでいいのに」 「だって花月くんと登校するのに、寝癖とかついたままだったら恥ずかしいし…それより花月くんは大丈夫なの?」 「何が?」 「いつも始業ギリギリに教室来てたから、早起き苦手なんじゃないかなあって」 「…見てたのか」 「見てました…」 「はやく来る意味がないなら、別に急がないけど」  花月が制服のネクタイの結び目を触る。それを目で追っていたら、なぜだか自分もつられて触ってしまい、古池は言葉の続きを待ちながら首を傾げた。 「好きな子と毎朝いっしょに登校できるなら、何時だって起きるし、苦でもない」  最初に言葉の輪郭だけが頭に入ってきて、そのあと遅れて意味を理解する。好きな子。好きな子。 「あわわ…」 「そんな漫画みたいな慌て方するやつ本当にいたんだ」 「は、花月くんはもっと、僕の心臓を大切に扱うべきだと思います」 「言ったでしょ、ぜったいおとすって。もっと意識してもらいたいから、そのためなら直接的な言葉だって使うよ」  乱暴な言葉を使うことが、蠱惑的だとは思わないけど。付け足して、花月は目線で歩みを促す。そうだ、ここは家の真ん前だ。あまり大騒ぎしていたら家族が何か心配をして、自分たちの様子を見に来るかもしれない。 「…これ以上意識したら、日常生活に支障がでちゃう…」 「いいね」 「いいねって」 「変になってよ、古池。俺に負けないくらい」
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