花月くんにころされる

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 …選択科目を選ぶとき、なんとか花月くんの選んだ科目を探って、同じの選んだらよかったな。この美術室に、美術室じゃなくて音楽室でもどこでも、同じ空間に花月くんがいたら、どんな時間だって一気に輝く、と思うのに。  そんな事を考えながら、席に座ってぼんやりと授業の開始を待つ。しばらくして、向かい側の席に誰かが座った。教卓の目の前を自分から選ぶひと、他にもいたんだな。そう思って、古池はなんとなく、いま来たばかりの人物へちらりと目を向ける。  心臓がなくなるかと思った。  叫ばなかった自分を褒めてあげたい。何気なく視線を向けた先、この世で一番美しい(と勝手に思っている)顔がある。  花月楓。花月楓だ。後頭部じゃない。顔面が、というか花月楓がいる。目の前に。人一人分くらい空間をあけた先に、花月。はな、花月、は。  今にも瓦解しそうな古池の様子には当然気が付かず、彼は机の上に自分の筆箱を置くと、そのまま椅子を引いて席についた。おばけでも見たような心内環境だ。落ち着け。動揺するな。本人は何もしていないのに前の席のやつがいきなり慌て始めたら絶対に変だと思われる。落ち着け。いつもどおり。いつもどおり。じ、と金属の擦れる音がする。顔は直視できないので手元へ視線を送ると、花月の大きくて筋の張った手が筆箱を開き、なんの変哲もないシャーペンを取り出している。取るに足らない動作のすべてが輝いて見えるのは幻覚だろうか。おそらくそうだがこの際どっちでもいい。花月楓という存在が向かい側の席に座っている現実は変わらない。黒い布で作られているどこでも買えそうな筆箱だって、彼の私物であるというだけで、この世の何より価値があるように見える。羨ましい。花月くんと気軽に触れ合えるのなら、もう筆箱にでもなりたい。 「それじゃあ、カメラを渡すからな」  なんてことを考えていたら、目の前に突然お菓子の箱みたいなものが置かれた。しまった、自分を諌めるのに必死でいつの間にか始まっていた授業の内容を一秒も聞いていなかった。周囲を伺うと、他の生徒にも同じように箱が配られていて、皆不思議そうにそれを見ている。あらかた配り終えたのか、教卓まで戻ってきた教師は、生徒たちと同じように箱を開封して、その中身を掲げた。
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