1人が本棚に入れています
本棚に追加
屋敷に来て二日目の朝。
部屋に差し込む朝日で、三月は自然に目覚めた。
眠い目をこすりながら教わった場所で顔を洗い、タオルを洗濯機に入れてから居間へ行く。
彼女が掃除をした居間は静謐で、テレビでアナウンサーが淡々と原稿を読みあげている声がよく通った。
意外にも彼は起きていた。
それは朝の習慣なのだろうか。
庭にある大きな石の上に腰を掛け、足を組んでタバコをふかしながら、桜の木を見上げていた。
朝日できらめく整った横顔と後ろに束ねた美しい銀髪に、三月が思わず見惚れてしまったほどだ。
「おはよー」
「ん? おはよう三月」
タバコの火を石に押し付けてから、ヨシローが顔を向ける。
縁側からサンダルを引っ掛けて庭へ出た三月は、ヨシローの隣で同じように木を見上げた。
五分咲きの桜。
3月は春だというグーグルの答えは、あながち嘘じゃないかもしれない、悔しいけれど。
「眠れたかい」
「うん」
どこかぼんやりとした生返事だったが、ヨシローは別段気にする様子もなく、
「まあ、自分の家だと思ってゆっくり過ごせばいい。どうせ出資者はおまえのとーちゃんだ」
「……」
「そのジト目やめて? なんか言って!? あとほら、風邪ひくから羽織っとけ」
ヨシローは着ていたカーディガンを、三月の薄いパジャマの肩にかけた。
一瞬驚いた三月だったが、ニットについた大人のにおいはどこか安心する気がした。
「おにーちゃんは今日、何するの?」
緊張が解けたのか、今度は三月の方から声をかけていた。
「俺はやることねーから、おまえに合わせるぜ」
「あたしは掃除の続きをしようかな」
「あの、俺に気を使わなくていいからな?」
「違う」
三月の目に強い光が宿った。
小学生のころは一方的にお世話をしてもらっていた。
けれどもう違う。家事もできるし、ヨシローには大人として扱ってもらいたい。
そんな14歳少女の、複雑な乙女心が燃え上がる。
「普通に汚屋敷すぎて無理」
「はい、すみません」
掃除が苦手なヨシローは素直にハンズアップした。
「まあいいか、好きにしろ」
「で、おにーちゃんは?」
タバコに火をつけて、再びふかすヨシローの横顔に三月はもう一度尋ねる。
「家にいても暇だし、パチかな」
「おにーちゃんって、みんなに怠け者って言われてるよ」
まあな。と、ヨシローは目を細めて笑った。
「脛をかじれるうちは全力でかじってやんよ。これが俺の生き様だ! おまえは真似すんなよ?」
「しないし、あたしもおにーちゃんのこと普通に最低と思ってる」
「そうなの!?」
「預金はあるの?」
「ふ。宵越しの金は持たないと決めているっ」
それは大層キリッと。
決め台詞のごとくドヤッと。
そんなクズ発言、普通ここまで堂々と宣言するだろうか。
「もしかして、何もしてないのは、具合が悪いとか?」
だからこそ、ノリの軽い銀髪だが、もしかしたら事情があるのかもしれない。
そんな三月の気遣いに、ヨシローは純粋な瞳で首を傾げた。
「は? そしたらヤニカスなわーけw」
「そうだよね、うん。じゃああたしがこの家にいる間は、なるべくおにーちゃんがまともに過ごせるように見張るね?」
「三月? そんな怖い顔で笑わないで?」
尋ねるまでもなかった。
体調が悪い人が、タバコ吸ったりパチンコに出かけたりするはずがない。
三月はやりとりがおかしくて、思わず笑みをこぼす。
寒い春の朝。
けれどとても晴れた朝。
紫煙が立ちのぼる先から太陽が差し込み、冷えた二人の肌をゆっくりと温めた。
最初のコメントを投稿しよう!