三月と紫煙(さんがつとしえん)

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 学校が始まった三月は部活も再開し、家で過ごす時間も大きく減った。  だが、三月が家に帰れば必ずヨシローは玄関まで迎えに出てくるし、夕食は必ず一緒に過ごした。  食事は三月が来てからはヨシローの仕事だ。三月がたまには作ると言っても、これだけは決して譲らなかった。  なんでもない日常はのんびりと続いていく。 「三月、これできる?」  ある夜、テレビを眺めていた三月の前に、六面体のキューブが転がってきた。  一面には九つの正方形が刻まれ、不規則な色がついている。 「なにこれ?」 「見てろよ、こうやんのさ」  机からキューブを手に取ると、ヨシローはかちゃかちゃと胸の前で小さな正方形を回し始めた。そして1分も経たないうちに、一面が同じ色で揃う。 「うわっすごい、手品!?」 「ほっほっほ。これ、コツがあるのよん。ちょっとやってみ」 「やりたいやりたい!」  それは彼女にとって、初めて与えられたおもちゃだった。  キューブを手に取る三月の目は、キラキラと輝いていた。  それから二人は、夕飯の後によくルービックキューブで遊ぶようになった。  ヨシローは揃えるのがかなり早いので、これで生計を立てているのかとも思われたが、全くそんなことはない。きちんとニートだった。  夏が過ぎ、庭の木が朱に色づき、落ち葉で焼き芋を焼いていたとき、ふと三月は、ヨシローがしばらくギャンブルに出かけていないことに気づいた。  今日だって縁側で、熱心に雑誌を読んでいる。  それに彼が愛してやまないタバコも、夏くらいから見ていない。  適当でクズで友人もいない、謎の男。  だけどひとつだけ確信できるのは、ヨシローは三月に優しいということだ。
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