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へらへらと原田さんが笑う。「もういいですか? 行く場所があるので」と今にもこの場から逃げ出したいと言わんばかりの言い方だ。僕は違和感を覚えて、手を前に差し出した。
「僕に、それをよく見せてもらえませんか?」
「何故?」
「見せられないものなんですか?」
原田さんは黙り込んだ。僕はゆっくりと彼に近づくと、彼のポケットに手を突っ込んだ。彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
ポケットの中から出てきたのは、やはり何かのスイッチだった。僕はちらりと原田さんを見ると「これは?」と聞く。辺りは何が起きたんだと見物人がぞろぞろと集まった。
「……別に」
「これは何ですか、原田さん」
おもちゃならおもちゃと言えばいい。何もないなら何もないと言えばいい。でもそう言えないということは、これはきっと何か意味のあるものなのだろう。僕はなめまわすようにスイッチを見た。押したら危険、と脳が感じている。
「原田さん」
「体が年老いて全然機能してくれていないのなら、いっそのこと早く妻の所に行きたいなって、思ってしまうんです……」
原田さんは泣き崩れた。僕は周りの視線を気にして、原田さんを無理矢理立たせて交番に連れ帰った。交番で留守番を任されていた別の警察官が原田さんの姿を見て、ギョッとした。僕は原田さんをパイプ椅子に座らせると、警察官に場所を変えてもらい椅子に座った。彼の目の前にスイッチを置く。
「このスイッチは一体何ですか?」
「爆弾のスイッチです」
僕とその場にいたもう一人の警察官が目をかっぴらいた。こんな臆病そうで穏やかそうな老人から「爆弾」という言葉が出るとは思えなかった。僕は少し笑いを溢しながら「え?」と聞き返す。
「これで、死ぬつもりでした」
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