それ

5/6
前へ
/6ページ
次へ
 もう一人の警察官が警察署への連絡を終えたのか、裏から出てきた。僕は彼とアイコンタクトを取って、また原田さんに向き直る。 「奥様が亡くなられて辛いのは分かります。でも、逃げちゃダメです。生きることから逃げちゃダメなんですよ、僕たちは。どんなに嫌になろうと、その時が来るまで僕たちは生きないといけない。それを受け入れないといけない。それに、考えてみてください。原田さんが死んだら、皆さん悲しいです。僕も、悲しいです。奥様もきっと、悲しいです」  僕はぎゅっと原田さんの手を握った。原田さんの目からは涙が止まらない。 「弱音は吐いてもいいし、愚痴も言っていい。でも冗談でも、死にたいなんて言っちゃダメです。死を懇願しちゃダメです。僕は許しません。僕のためにも生きてください」  原田さんは首を垂れると「すみませんでした……」と謝った。  人は見かけには寄らない。こんなに臆病そうで、穏やかそうな老人のポケットの中に爆弾のスイッチが入っていて、体には爆弾が巻き付けられているなんて誰も思わない。本当に人は見かけには寄らない。  すぐに警察署から原田さんを迎えに刑事たちがやってきた。僕は刑事たちに敬礼をすると、スイッチをその刑事に渡し、パトカーに乗る原田さんに手を振った。ゆっくりと走っていくパトカーを見ながら、僕はにっこりと微笑む。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加