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「雪ね……」
制服を脱いで部屋着に着替えた咲良はベッドに仰向けになりながら呟く。朝と同じような、どこか憂いを帯びた瞳に僅かな雫が浮かび上がる。
数年前、咲良は同い年の幼馴染に告白をした。ジンクスにもなっているあの大きな桜の木の下で。けれど、桜は雪と混ざり合って溶けていった。それが原因なのかもしれない。冬に咲いた季節外れの桜の木。綺麗だけれど、どこか不気味さを放っていた。
あの異端な桜の木の下で告白なんてしたから、呪われてしまったんだ。私のせいで彼が……。きっと彼は私のことを恨んでいるだろう。だって、最後に見た彼の瞳には光がなく容赦ない視線が私に突き刺さっていたのだから。
あの日、雪の降るクリスマスの日。まだ男女の関係など気にしていなかったあの頃は、当然クリスマスの意味も知らずに幼馴染の男の子と遊ぶ約束をしていた。子供は風の子というように、寒さをものともしない体は雪の中でも丈夫で公園中を走り回っていた。
楽しく遊んでいた二人だったが、突然男の子が真剣な面持ちで話し始めた。
「クリスマスってさ、恋人と過ごす日らしいよ」
私が馬鹿すぎたのか、それとも相手が賢すぎたのかはわからなかったが、妙に大人っぽく言うものだから訳も分からずにその言葉を聞いて恥ずかしくなったのを覚えている。
「ねぇ、咲良ちゃんは好きな人いるの?」
少し震えた声で男の子が問う。
「……いるよ」
「私ね、君のことが好きなんだ」
幼いながらにも感じていた気持ちを正直に言葉にした。そして、この言葉を発した場所こそが大きな桜の木の下だった。
「ぼ、僕もね咲良ちゃんのことが--」
男の子が言うや否や、風が強く吹き荒れ上手く聞き取れない。聞き返そうとしたが赤面し照れた男の子はすぐさま走り去って行ったので、すぐに返事を聞くことが出来なかった。
逃げ去ってしまった男の子を呆然と見ていた咲良だったが、すぐさま正気を取り戻して必死に追いかけて行った。公園を抜けた先の道で男の子は見つかったが、あまりにも悲惨な光景でその後のことは朧気でしか記憶していない。
後に親から聞いた話だと、雪によりスリップした車が男の子へ突っ込んでいったらしい。
赤い血が滴った雪、深くへこんだボンネット、微かに動いている男の子の手、慌てている運転手、あの瞬間だけ今でも鮮明に覚えている。
近寄ろうとしたけど足が震えて思うように動けない。男の子の方を見ると僅かに口元が動いているのが見えた。
『咲良ちゃん』
最後に私の名前を呼んだ男の子はもう動かなくってしまった。
どうして私は無力なのだろう。一番近くにいた存在すらも守れない、非力な私が醜かった。こんな小さな体では大切な人でさえも救えないのだ。
桜の木が男の子を呪ったように、誰かが私を呪ってくれたらいいのにと、今でも思っている。
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