3人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
それは奇跡のような瞬間だった。まるで映画のワンシーンのようだ。親子の愛が、その瞬間だけ恐怖や不安、孤独に打ち勝ったのだった。抱きしめている間凛は、自らの意識が引き潮のように、ゆっくりと静かに消えていくのを感じていた。
奇跡の時間は長くは続かなかった。凛はりおから手を離した。まだいわなければいけないことがある、とりおの父親は思った。
「お父さんがなんで死んだか、りおは知らないよね」
「知らない」りおが答えた。
りおの父親は躊躇するそぶりを見せたが、やがて話し出そうとした。その時、下の階で音がした。
いきなり正気に戻された。
「りお?」りおの母親の声。
凛はすっかり自分自身に戻っていた。この部屋から出なきゃ。焦った。いきなり、根拠不明の罪悪感が降りかかってきた。部屋から出ようとする凛を小さな手が阻んだ。振り返った。
「ほんとは、知ってる」りおがいった。
「なにを?」
「お父さんがなんで死んじゃったか」
「りお? どこにいるの?」りおの母親――ダイナー店主の声がする。
「ほんとは知ってるのに、いえなかった」とりお。
「りお?」と下の声。
「そうなの?」
「お母さんが殺した」
最初のコメントを投稿しよう!