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1 お父さんはいないの
「お父さんはいないの」そういうと女の子は、バーカウンターのスツールに飛び乗るように腰掛けた。口の中をせわしなく動かしながら、黒いメリージェーンシューズを宙に浮かせる。
「何なめてるの?」スーツ姿の凛が訊いた。
女の子は黙っていた。
「何味?」
「生の味」と女の子。
凛は女の子の隣に座っていた。
さっきまで凛の傍らにいた彼女の上司は、アメリカの瓶ビール片手に、店の片隅で店主と話し込んでいた。熱心に会話する二人は、見たところ同じような年頃のようだ。
凛は隣の女の子に目を戻した。こんな遅い時間に小さい子供が一人で大丈夫なのかな。
そこはアメリカンダイナー調のレストランだった。カントリーミュージックが静かに流れ、煌々とした照明のせいで色気がないくらいの明るさ。店内には、脂っこい匂いが充満していた。べとついたメイプルシロップの容器をワッフルの上で傾けながら、凛は女の子に喋りかけた。
「あの人、もしかしてお母さん?」店主をさりげなく指しながら訊いた。
女の子は軽く頷いて、それっきり黙ってキャンディを舐め続けた。
ああ、そういうことね。
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