1 お父さんはいないの

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 この日の仕事が終わり、帰り際に上司の女性とエレベーターに乗り合わせたのは夜の九時を過ぎた頃だった。仕事以外ほとんど会話らしい会話などしたことのない間柄だったから、食事に誘われたのは凛にとって驚きだった。  いいお店を知ってるのよ、と上司はいい、会社を出て十五分くらいの距離を二人で歩いた。ひっそりとした住宅地にその店はあった。平凡な住宅街に、いきなりアメリカンな世界があらわれて、凛はちょっとばかり面白い気分になった。  だだっ広い敷地に、ぽつんと平屋のダイナーが建っていて、店の前には駐車場があった。車は停まっていない。ダイナーの裏手、敷地内には店主のものであろう二階建ての住居(これはアメリカンではなく日本式)も建っている。オレンジ色の照明に照らされた派手なダイナーとは対照的に、家の中は真っ暗闇だった。 「お皿使っていい?」女の子は凛の腕をつついて、こちらを見ていた。  凛は一瞬戸惑ったが、メープルシロップとケチャップで汚れた皿を一瞥し、食べ残しがないことを確認すると皿を差し出した。  すると女の子は皿に、舐めていたキャンディをぺろっと出した。
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