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メッセンジャー
クリーニング屋の朝は意外と早い。
特に街の中で密着しているソコソコ規模の洗濯屋は。
「いらっしゃいませ、お早うございます!」
今朝は冷え込むね、夜は雪が降るかもね。なんて世間話をしてくるお客様は、常連のおじさんだ。
出勤前に毎朝ワイシャツとスーツを出す。
偶に奥様のポロシャツや娘さんの物と思われるおしゃれ着もあって、この業務は『お父さん』の役目なのだろう。
「ポケットの中を確認しますね」
すると出てくる出てくる。
マスクやハンカチ、ガムに飴。極まれに名刺や領収書も入ってたこともあったりする。
現金の諭吉様が数枚入れっぱなしのお客様もいるので、このチェックは欠かせない。
それに口紅等も入っている場合もある。
気が付かずに洗ったら大惨事だ。
素早くチェックを済ませ、お会計。
「夕方5時のお渡しです。お気を付けて行ってらっしゃいませ。ありがとうございました!」
おじさんはハイよ!と、にこやかに店を出る。
少しの間を置いて、ドアベルがまた鳴った。
派手な印象の女性。どこぞの会社秘書らしく、御曹司の若様のスーツや、私服を良く出しにくるこの人も常連さんだ。
ペラペラと話すので、若様の御宅事情に詳しくなりそうな勢い。
別に教えて貰わなくてもいいのだけれど。
いかに若様が自分を愛しているかを存分に語ってくれるこの女性は、いつも昼過ぎに来るのに今日は珍しく朝で。
「早くしてくんない?グズグズしてて、ホント田舎っていやぁね!」
今日も今日とて横柄な上に失礼をかましてくる。
毎度の事なのだが、店員には嫌われていて、彼女の受付を私しかやらなくなっている。
世間は狭い。このクリーニング屋の従業員には彼女の同級生もいて、なんでも都会のお嬢様大学に進学した事を鼻に掛けていて、嫌な奴だと評判らしい。
今時そんな人もいるんだなぁと、聞き流していたけどイザ目の前にすると、中々痛い。
今日も大量の衣服を出す若様の御宅は、流石の金持ち、高級品でカウンターが溢れる。
ポケットチェックは後に回して先に会計をする。
「革製品もありますのでお時間をいただきます。明後日の午後5時のお渡しになります。ありがとうございました!」
今日も若様と夕食デートなのだとか。
こんな所で遅くまで働いている私達には縁の無い話だろうと、相変わらず一言多い。
ピンヒールをカツンと鳴らして店を出て行く。
私は、ため息を付きながらポケットチェックをする為に赤い籠へ入れた衣服に向き直る。
【目印のエンブレムの付いたブレザー】を取って内側を探ると出てくる、一枚のカード。
『麻衣ちゃんへ。今日は国道沿いのラーメン屋に行こう。何時もの場所で、温かい物を飲んで待ってて!』
私はクスッと笑いをもらす。
何時もの場所とはこの店から遠くないカフェだ。
私はそっとカードを抜き取ると、クリーニング屋のエプロンポケットにしまった。
同じ大学で出会った、このブレザーの持ち主の若様ーーーー章孝と私は来年挙式予定だ。
既に同じ家に住んで花嫁修行中だが、余った時間を利用して、バイトをしている。
『じゃぁさ、麻衣ちゃん、ちょっとこんな待ち合わせはの仕方はどう?』
スマホで何時でも連絡出来てしまう世の中で、ちょっとした悪戯の様な。
カードの向こう側で、章孝の悪戯が成功した、思いっきり笑う顔が見えた気がした。
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