赤い手袋

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それは、とある2月の半ばの事。 珍しく雪が降ってきて、団地の子供たちは広場に集まりだしていた。南関東ではあまり雪など降らないし、降ってもたいして積もったりはしない。その日は粒の大きな雪がたっぷりと降り積もって、芝生はあっという間に白いふわふわの世界に変化していた。 まだ小学生だった私はその日、珍しく留守番を任されていた。両親の帰宅は夕方の予定。家で宿題をする気にはならず、さっさとランドセルを放り出してウキウキした気持ちで自分も広場に向かった。 「かまくらを作ろうよ。」 同じ通学班の友達が集まって雪を運び始めた。どこからかバケツを用意してきた子、ショベルを持ってきた子、みんなそわそわしている。私は何も持ってこられなかったけれど、雪の山を作って固める仕事に加わっていた。 「さわちゃん、手、冷たくない?」 「冷たいけど、大丈夫。すっごい降ってるよねぇ。」 あきちゃんから声をかけられて、確かに手袋が濡れて冷たいなと気が付いた。何しろ雪なんかほとんど降ったことないし、防水になっている手袋など持っていない、ふつうの毛糸の手袋だ。でもこの大雪に興奮しているので、そんなことはへっちゃらなのだった。 赤い帽子、赤い手袋、赤いブーツ。 母は女の子は赤が基本と思っているタイプの人で、なにかというと赤いものを身に着けさせる。実はそれがちょっと嫌いなのだったが、今日のような日はどこからみてもあそこに「さわちゃん」がいると一目でわかるのでたまには悪くないと思っていたりした。 でも、さすがに小物が赤なのに上着まで赤では恥ずかしくて、いつも着ないグレーのジャンパーを羽織って来た。ポケットが浅くて、ハンカチ一枚入れたらぎゅうぎゅう。鍵はズボンのポケットにしっかりとねじ込んでいた。 登校班の男子班の子も混ざって雪を集めて、一緒に大きなかたまりを作っていた。 「マサト、雪固めるの上手いね。」 「そっかな。」 マサトは器用に雪をドーム状に形作っていた。他の男子も雪を運んで乗せてくれるのだが、剥がれ落ちる方が多い。何かコツを掴んだらしく、彼が雪を乗せてトントンすると上手く馴染む。それが面白いのだろう、彼はこのかまくらのところでずっと作業している、。 他の男子は飽きて来たのか、向こうで雪合戦を始めた。 そろそろ入口作ってみようか?とみんなでワイワイしていたら、さくらちゃんが一度家に戻って何やら持ってきた。 「さくらちゃんは何もってきたの」 「スコップ。ちいさいんだけど三つ持って来たの。かまくらの穴を掘るのに使えるかな。」 「そうだね、いっしょに掘ろうか!」 「うん」 普段おとなしいけど、いろいろ気の利く、さくらちゃん。何も考えずに来た私はホイホイ彼女の道具を借りた。 大きなかたまりといっても自分たちの背丈より低く、穴を掘っても人が大勢入れるようなサイズには程とおかった。でも、見た目だけでもかまくらっぽいものが出来上がり、なんだかすごい事をしたような気分になった。 気が付くと、あちこちに雪だるまもできている。他の棟の登校班の子たちの作品らしい。木の枝で手をつくり、葉っぱで顔のパーツを作っている。 北国の子供たちからしたらこんなものはもしかしたら、ちゃちな物に見えるのかもしれない。でも、作り方もよくわからないままとりあえず雪を集めてかためて、何か形にしたくてたまらなかった。 団地のとなりにあるブドウ畑がまっさらな白い平原になっている。柵があるので子供たちは立ち入れないからだ。季節ではないのでブドウ棚は寂しい。ワイヤーがはられているだけで寒々とした感じだ。 あー、あそこに足跡つけたいなぁ。だぁれも入っていないところにふかふかの雪を踏みしめたら気持ちいいだろうなぁ。 でも、ブドウ畑の主が怖いのでだれも柵を超えようとはしなかった。普段から団地の管理人さんがよく見ていて、やんわりと子供たちに牽制してくるのも知っている。 うーん、ここ、うさぎとか、足跡つけないかなぁ。 さすがにうさぎはいないか。 ・・・と思ったら「みゃあ」と鳴き声がして、どこからか太った三毛猫が入り込み、すたすたとブドウ畑に入っていった。野良猫かな。 のそのそと雪の上を歩いていく。ちょっとうらやましいな。と思っているうちに猫は斜めに畑をすすみ、林の中へ消えていった。
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