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寒さに凍えながら、俺は歩いた。
一度止まってしまうと、もうそこから動けなくなる気がした。足の指がじんじんと痛んで、冷え切った鼻先は、ポロリともげてしまうんじゃないかと思った。
どのくらい歩いただろうか。
震えて思うように動かなくなってきた足を、一歩…また一歩と動かす。
次第に足が上がらなくなって、いよいよ動けなくなる一歩手前で、俺は白い世界の奥に赤いコンパクトカーを見つけた。
よくよく目を凝らして見ると、赤い車の運転席に放心状態の女がいた。肩ひじを張った状態でハンドルを握っている。顔立ちは整っているが化粧っ気がなく、幸薄顔の女だった。年齢は俺と変わらないくらいか、少し上だろうか…
俺はブンブン両腕を振りながら、その車の元へと近づいた。すると女は、青白い顔を俺に向けて、目を見開いた。
そりゃこんな状況で雪まみれの男が手を振って近づいてくるのだ。驚かないわけがなかった。
俺は両手を合わせて「中に入れてください」と身振り手振りをしながら女に頼んだ。
女は怪訝そうな面持ちで運転席の窓を少しだけ開けた。
「公道から落ちちゃって…僕の車ひっくり返って乗れる状態じゃないんです。救助要請と、寒さをしのがせてもらえませんか」
俺がそう言うと、女は黙ったまま無表情で頷いてから、助手席へ「どうぞ」というように手を向けた。
「ありがとうございます!」
俺は営業で培われた直角のお辞儀をして「失礼します」と、頭と体の雪をほろって助手席へ乗り込んだ。
あぁ、助かった…
だが、そう思ったのは一瞬のことだった。
期待したほど車内は暖かくなかったし、なんだか異様な空気を感じた。
臭うわけではない。変なものがあるわけではない。だが車内には、今まで味わったことのないなんとも言い難い異様な空気が漂っていた。
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