2人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
王都聖教会の騎士ウイリアムは、茂みのなかで倒れ込んで夜空をみあげていた。分厚い雨雲から容赦なく雨粒が落ちてくる。
「ねぇ、ウイリアム。生きてる? 死んでる? どちらにしても返事して」
少し離れたところで、少女が身体を起こした。聖教会の紋章が刺繍されたローブも、金色の髪も白い肌も泥だらけだった。
「死んでたら返事出来ないだろ、リリー」
「してよ。教会を代表する騎士なんだから、してちょうだい」
「シスターってそんな無茶苦茶なこと言う? そういう教義だった?」
ウイリアムはため息をつきながら起き上がった。鳶色の髪についた草を払い落す。身体のあちこちが痛み、泥に汚れて濡れてはいるが怪我はない。
背後の斜面をみあげる。高いところから転がり落ちてきたわりには幸運だった。
「確かにこっちに反応があったのよ」
ぬかるみに膝をついたまま、リリーは両手を胸の高さに持ち上げた。汚れた手のひらにはコンパスが乗っている。彼女もまた怪我はないようだ。
「こっち……いえ、あっち。ううん、針が振れちゃう。なんなのこれ」
「どうなっている?」
「わかんない。もしかして壊れちゃったとか?」
雨で濡れた金髪が額に貼りついていた。彼女の横顔から血色が消えて、疲労が隠せなくなっていた。コンパスを乗せた手が震えている。
「聖教会所有の聖遺物だろ。そんなことがあるのか」
白い吐息が、冷たい森ににじんでいく。
最初のコメントを投稿しよう!