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だけど、唇には何も当たらない。
窺うように目を開けると、笑いを堪えてる晃が見えた。
「無理! 我慢できねぇ」
コーヒーに咽せた時以上に笑われて、その顔を見ているだけしかできない。
文句を言えば言いだけなのに、五月蝿いままの心臓に言葉を奪われた気分だ。
「そんな物欲しそうな顔してんなよ。そういや、お前は俺の笑った顔が好きなんだったな」
「な、何、言って! 物欲しくないし、好きでもないわよ!!」
「本当に面白いな。帰るから、先に掃除しろよ」
可笑しそうに笑いながらコップを持って立ち上がった晃は、帰る準備をはじめている。
真奈美は唇を尖らせながら、汚してしまったテーブルを拭いた。
一方的に揶揄われて、笑われて、腹が立つ。
嫌だけど、笑った顔にドキドキしたのは認める。
ムカついて仕方がないが、晃の顔は整っているのだからドキドキするものだ。
自分だって女の子なんだから、顔がいい男に迫られて緊張に手に汗握るものだ。
冗談でキスしようとしてきた方が悪い。
変態の友達は、変態で最低だ。
晃を悪者に決めつけた真奈美だったが、ある1点に気がついてしまった。
あんなことをされて、嫌だと思わなかったのだ。
力なく落ちそうだった手は、晃の声によって留まった。
「いつまでかかってんだ。早く終わらせろ」
「もう少しで終わります」
片付けが終わり、揃って廊下に出るが、いつもある視線を今日は感じない。
晃は気にしながらも職員室を経由して、靴箱までやってきた。
「おい、開けないのか?」
「靴持ち歩いてるのに開ける必要ありませんから」
真奈美が本当に開けようとしないので、晃が代わりに開けた。
相変わらずゴミが入っているが、趣味の悪い手紙は見当たらない。
「入ってないな。お前、何も隠してないよな」
「いつも誰かと一緒なのに、どうやって隠すんですか?」
声も瞳も揺れていて平静を装っているだけだと丸分かりの真奈美に、晃は息を吐き出しそうだった。
陽向といい、真奈美といい、どうして隠すのが下手なのに嘘をつくのかが分からない。
晃は、真奈美の頭を軽く2回叩いて、手紙が入っていなかった靴箱に視線を送ってから帰って行った。
遠くから見られていたことに気づかずに。
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