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「陽向、俺たちも帰るぞ」
晃は立ち上がってカバンを持つが、陽向が立ち上がろうとしない。
「あ、あ、あ、」
「““あ””って、何だ?」
「あ、晃先輩、少し話しませんか?」
名前を呼ばれたことに脳が一時停止したが、蓮のイヤらしい瞳を思い出し、バカ蓮の企みだなと小さく息を吐き出した。
「あの……やっぱり名前は嫌でしたか?」
晃が何も返さなかったので、陽向は怒っていると勘違いしたようだ。
真っ赤だった顔は、焦った面持ちに変わっている。
「悪い、ちょっとビックリしただけだ。陽向になら名前で呼ばれるのも悪くない」
晃は相好を崩し、ソファに陽向を促した。
隣同士で座り、陽向を優しく見ている。
「何の話をする?」
「あの……先に謝らせてください。今日のお昼はすみませんでした。いきなりでビックリしちゃって……嫌だったとかじゃなくて、その、あの、少し怖かったというか……」
晃を見たり下を向いたり、目だけ右往左往したりと、気持ちを一生懸命伝えようとしてくれている。
その姿が愛らしくて、晃の心が和んでいく。
「いいよ。気にしてないから」
「そんな……嫌なことは嫌だって言ってください。じゃないと、晃先輩の気持ちに気づけないかもしれませんし……あたし、すぐ自分でいっぱいいっぱいになるから」
「本当にもう昼のことは気にしてない。今、お前が気持ちを言ってくれたから、それで十分だ」
「晃先輩……ありがとうございます」
晃は、ようやく陽向に““触れる””ことができた。
屋上でしてあげたかった““頭を撫でる””を、することができたのだ。
「それでなんですけど……梨本先輩にアドバイスをしてもらって……その……」
陽向が恥じらってもじもじしている姿に、晃は物凄く嫌な予感しかしない。
「れ、練習をすればいいんじゃないかと!」
陽向の頭を撫でていた晃の手が、瞬間冷凍のようにパキッと止まった。
一瞬にして頭の中では「練習? なんの? は? キスのか?」から「あいつ、だから念仏なんて言ったんだな。明日殴ってやる」まで繰り広げられている。
「ダメですか?」
恐る恐る下から、のぞき込まれた。
無意識だと思われる上目遣いをされている。
しかし陽向のこの仕草も、実は蓮から指示されたものだ。
陽向は練習を提案するだけでも心臓が壊れそうなのに、指示された仕草を上手くできているのかの緊張でおかしくなりそうだった。
それでも、やると決めたからには最後までやる努力を惜しまない陽向である。
「いや、ダメじゃないけど……怖いのに大丈夫なのか?」
「いいんですか? よかった。怖いのは大丈夫です。あたしが晃先輩にしますので、リラックスしててくださいね」
「陽向が俺に?」
「はい。梨本先輩が『されるのが怖いなら、まず自分ができるか試してみたら』と言われたので……ダメですか?」
「いや……大丈夫だ……」
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