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side 暁の風
その日、冒険者ギルド内は朝から張り詰めた空気に包まれていた。
冒険者ギルドは雑用のような仕事も請け負うが、依頼の多くは魔物退治などの荒事だ。
だから自然と冒険者は荒っぽい者が多くなり、冒険者同士での揉め事が起きることも少なくはない。
そう言う意味ではギルド内の空気が緊張に包まれることは珍しくはないのだが、今日のそれはいつもとは意味合いが違っていた。
普段ならどのような依頼があるか物色している冒険者や、依頼を終えた者、これから出発する者とで賑やかな場所であるのに、今日は誰一人として口を開こうとしていない。
誰もが息を潜めるようにしつつ、ギルドの二階へと通じる階段の方をちらちらと気にしている。
こんな雰囲気の悪いギルドには誰もがいたくはないのだが、それ以上に今二階で行われているギルドマスターと、とある一つのパーティの会談の様子が気になっているのだ。
単なる野次馬根性とも言う。
「おいっ!出て来たぞ!」
階段の付近にいた冒険者が、声を潜めて周囲に伝える。
その言葉に、ギルド内にいた者達全ての目が階段へと向けられる。
そんな視線の中、階段をゆっくりと降りて来たのは三人の若者だ。
荒くれ者ばかりの冒険者の中で、一見普通の若者にしか見えないその三人の姿はとても目立っている。
だが、彼等が目立つのはその容姿故ではない。
彼等こそが、国を代表する最強の冒険者パーティ『暁の風』なのだ。
その実績や実力だけでなく、人柄までも含めて多くの人々に慕われている英雄とも呼べる存在である。
だが、普段は人当たりもよく穏やかな雰囲気を纏っている彼等が、今日は揃いも揃って険しい表情をしている。
いついかなる時も穏やかな笑みを絶やさず「聖女」と呼ばれているエリザまでもが眉間に深い皺を寄せているのだ。
ギルドが普段とは違う異様な緊張感に包まれているのも、『暁の風』のこの様子が原因である。
そして、その理由もそこにいる誰もがわかっていた。
『暁の風』は本来なら四人パーティだった。
だが、今この場にいるのは剣士のユアン、格闘家のジャッキス、そして治癒魔法使いのエリザの三人だけだ。
もう一人、ずっと一緒にいたはずの魔法使いイリーナの姿がない。
そのイリーナがそれなりに有能な魔法使いであることは『暁の風』と面識のある冒険者やギルドの職員なら誰もが知っていた。
扱える属性や魔法の種類は豊富だし、その精度は他の魔法使いとは一線を画していたからだ。
だが、天才としか言えない程の才能を見せていた他の三人と比べると、どうしても見劣りしてしまうのも事実だった。
何故なら、彼女は上級の魔法が使えなかったから。
これは上位の冒険者としては致命的だ。
それもあって、一部の不心得な冒険者がイリーナに頻繁に嫌味を言っていたのは有名な話だ。
逆に、交流のある冒険者達は彼女の立ち位置を心配していたし、中堅どころのパーティからスカウトされている様子もよく見られていた。
だが『暁の風』四人の結束はとても硬く、周りが何を言おうとも彼等はこの先もずっと一緒なんだろうとみんな思っていたのだ。
しかし、今日の早朝。
イリーナが一人きりで街から出ていく姿を目撃した者がいた。
何かあったのかと噂をしていれば、尋常ではない様子の他の三人がギルドへ来たと思うと、周りへ一切目を向けずに二階にあるギルドマスターの執務室へと向かったのだ。
いつもなら、笑顔でギルド内にいる冒険者達へ挨拶をして行く彼等のその様子と、一人で街から出て行ったイリーナ。
誰もが薄々何が起きたのかは感じながらも、訊ねることは出来ずにいた。
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