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プロローグ
「イリーナ。残念だけど、君との冒険はここまでだ」
その言葉に、ついに来るべき時が来てしまったことを悟る。
「……うん。わかった」
みんなで借りているパーティホームの居間で、私と向かい合うようにして立っている三人。
パーティリーダーでSランクの剣士ユアン、同じくSランクの格闘家ジャッキス、そしてAランクの治癒魔法使いエリザの顔をゆっくりと見渡す。
「みんな、今までありがとうね」
「イリーナ、あのね……」
エリザが何か言いかけたが、途中で口を噤む。
いつも陽気なジャッキスも、難しい顔をしたままじっと黙り込んでいる。
「イリーナ、これを」
ユアンがテーブルの上に皮袋を置く。
ジャラっと重い音がしたところから、それなりの金額が入っているのがわかる。
「今日までの君の働きに対しての正当な取り分だ。
村に帰るまでの旅費としても充分足りると思う」
つまりは、これは私の退職金という訳だ。
全く、こんな時までユアンはユアンのままだ。
これだけの金額なら、旅費どころかしばらく仕事しないで食べていけるくらいになるじゃないの。
「ユアン、気持ちはすごくありがたいと思う。
でも、これは受け取れないよ。
みんなだって、これからもっとお金かかるでしょ?
私個人での蓄えだって少しはあるし、このお金はみんなが使って」
こんな時だからこそ、私は笑わないと。
そう思って必死に作った表情は、果たしてきちんとした笑顔になっているのか。
それはわからないけど、ユアンは何も言わずにしばらく私をじっと見た後で「わかった」と一言だけ言って皮袋を下げた。
よし、笑えるうちにさっさとここから離れよう。
幸いなことにパーティとしても今日出発の予定だったから荷物はまとめて持って来てあるしね。
「じゃあ、みんな。
私はもう行くよ。体にだけは気を付けて頑張ってね。
村でみんなの帰りを待ってるから」
精一杯明るい口調で別れを告げると、みんなに背を向けてホームの扉を開け、外へと一歩踏み出す。
「イリーナっ!」
後ろからエリザが私を呼ぶ声が聞こえたけど、それには気付かないフリをして扉を閉めた。
きっとユアンとジャッキスが止めてくれるだろうから、エリザが後を追って来ることもないはずだ。
それなりに長い期間拠点としている街の、歩き慣れたいつもの道を門へと向かって一人で歩く。
昨日までは四人で賑やかに歩いていたのに、一人だとこんなに静かに感じるんだ。
街のざわめきはいつも通りのはずなのに、まるで私だけがそこから取り残されてしまったような気分になる。
どこに目を向けても、みんなとの楽しかった思い出がある場所ばかりで、視界が滲みかける。
いや、まだだ。せめて街から出るまでは平静でいないと。
「あれ?今日はお一人ですか?」
顔馴染みの門番が、一人で歩いて来た私を不思議そうな顔で見ている。
「あ、はい。今日はちょっと」
「そうですか。貴女なら大丈夫だとは思いますが、どうかお気を付けて。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
いつもの見送りの挨拶をしてくれる門番に、私もいつもの挨拶を返す。
本当はもうここへと帰って来ることはないのに、ちっぽけな自尊心でそれが言えなくて足早に門から離れる。
そのまま自分の足元だけを見つめて早足で歩き続け、やがて門が視界に入らなくなるくらい離れた時、とうとう一雫の涙がこぼれ落ちた。
私は今日、冒険者パーティ『暁の風』を解雇された。
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