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「ホラ、華さん、そろそろ機嫌直してよ」
青葉さんは、立ち上がると、あたしの手から枕を取り上げ、眼鏡を避けながら軽くキスを落とす。
「――ズルい」
それだけで、あたしの機嫌は直ってしまうのが、腹立たしい。
「ズルいのは、華さんだろ?」
けれど、口元を上げる彼の勝ち誇ったような表情が癇に障り、あたしは、再び枕に手を伸ばそうとする。
「うわ、もう、勘弁してくれってば!」
「――わかりました」
冗談交じりに言う青葉さんに、あたしは、頬を膨らませながらも、うなづいた。
そして、枕に伸ばそうとした手を戻し、気を取り直して元の場所に腰を下ろすと、青葉さんも同じように、また、隣に座る。
「――じゃあ……ラ、ラブホ、は決定、で……」
そう口ごもりながら言うと、彼は、ニッコリと笑う。
それは、望みをかなえてもらった子供のように――とても機嫌良く。
「やりぃ」
「で、でも、ホントに……加減はしてよね」
「ん。――でも、華さんが欲しいって言ったら無理だから」
「……っ……バッ……‼」
相変わらずのストレートな物言いに、真っ赤になって口が開く。
「ホラ、口が開いてる」
すると、青葉さんは、クスリ、と、笑い、あたしの頬をそっと撫で眼鏡を取ると、軽くキスをしてきた。
「――ん」
それだけで、機嫌が直ってしまうのだから――もう、あたしも手遅れだな。
唇が離れるのが嫌で、彼の首に腕を回す。
それが合図のように――少しだけ激しくキスを交わすと、彼の手が胸に触れ、軽く揉まれる。
「や、あ……あ、おば、さ……」
「バカ、煽るなって。――このまま、できなくもねぇんだぞ?」
「ご、ごめんってば……」
名残惜しそうに手を離すと、小さな声で眉を寄せながら言う彼に、あたしは肩をすくめる。
あたしだって、したくない訳じゃないんだから――困るんだ。
「じ、じゃあ……来週?」
「――よし、言ったな?」
その言葉に、ニヤリと笑われ、あたしは、自分が口を滑らせた事に気がつく。
「えっ……と」
「言質は取ったからな」
「あ、青葉さん!」
背筋を冷や汗が流れてくる。
こういう時の彼は――本当に、許してくれないのは、もう、知っている。
あたしは、あきらめ加減で、来週の予定を頭の中で考え始めたのだった。
それから、また、他愛無い話を続けている最中、不意に、彼のスマホが鳴り響いた。
それは――アラームで。
「あ、悪ぃ、時間だ」
「――うん」
未だ、不安定なままの、お義母様のお世話の為、青葉さんは、あの山奥の家に住んでいる。
けれど、ご家族が週末になると、あたしに気を遣って、代わりに泊まりに来てくれるのだ。
それはありがたいのだけれど――彼自身が、自分の自殺未遂のせいでお義母様が悪化したんだから、と、そうそう頻繁には出歩く気は無いらしい。
帰る時間近くにアラームをセットするくらい、気を遣っている。
あたしも、それを引き留めようとは思えないので、素直にうなづく。
「お義母様、お加減は……」
「――まだ、良くもなく、悪くもなく、だ。しばらく、こんな感じで悪いな、華さん」
申し訳無さそうに言う青葉さんに、あたしは首を振る。
そもそも、そんな事になったのは、彼だけのせいじゃないんだから。
「もう少し安定してきたら、お会いしたいな。……まだ、全然お話できてないもの」
「――サンキュ。……喜ぶと思うけど――まだ、そこまで持っていけねぇ」
そう、眉を下げる彼に、あたしは微笑む。
「大丈夫。――……あせらなくて良いから、さ」
「ああ」
そういう病気が快復するには、とても長い時間がかかるという。
でも、あたしの中では、それに対する不満もあせりも無い。
――それは、もう、ずっと、青葉さんと一緒にいられる自信が持てたから。
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