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「それじゃあ、お邪魔しました」  青葉さんは、玄関まで見送りに来た両親に頭を下げた。 「ねえ、青葉くん。どうせなら、泊まっていったら?」 「そうそう。せっかく来たんだし」 「ありがとうございます。でも、家族に母の事を任せておりますので――」  そう告げると、両親は素直に引き下がる。  お義母様の事は、もう、二人にも知るところとなった。  ――まあ、原因は伝えていないけれど。  あたしは、青葉さんを見送るため、玄関を一緒に出る。  彼は、デニムのポケットから車の鍵を取り出すと、すぐそばに停められた、見慣れた軽自動車のドアを開けた。 「じゃあ、誕生日の母親の世話は頼んでおく。たぶん、誰かしら都合つけられるだろうから」 「……うん」  あたしはうなづくと、彼を見上げて尋ねた。 「そうだ。プレゼント、何が良い?せっかくだし、青葉さんが欲しいものが良いかと思って……」  すると、彼は一瞬で表情を変える。 「……は?」 「え?」 「何で。もう、ホテル泊まるって決まったじゃん」 「そ、それは、行きたいトコ、でしょ?普通、誕生日にはプレゼント必要じゃない」  あたしがそう返すと、青葉さんは、更にムスリと返す。 「いらねぇよ。――華さんがいれば、充分なんだってば」 「そういう訳にはいかないわよ!あたしが嫌なの!」 「いいから」 「――良くない」  徐々に降下してく二人の間の空気は――春なのに、ヒンヤリとしてくる。 「……どうして、そう、物欲が無いのよ」 「じゃなくて、華さんが良いんだから、それでいいだろ」 「あたしには、一回、指輪くれたのに」 「それはそれだろうが」 「同じだよ。――あたしだって、青葉さんに、残るものあげたいもの」  だんだん、お互いに譲らなくなってきたあたし達の様子を、母親がうかがうように玄関から顔を出した。 「ちょっと、華、名残惜しいからって、引き留めるんじゃないわよ。青葉くんだって、帰らないとなんだから」 「そっ……そんなんじゃっ……」  あたしが、母親を振り返ると同時に、エンジン音が響く。  隙をつかれたあたしは、運転席の青葉さんのところに回り込んだ。 「――じゃあな、華さん。……余計なコト、考えるなよ」 「青葉さん!」  結局、そのまま答えをくれるコトなく、彼はお義母様の家へと帰って行ったのだった。 「――ってコトなんだけど、どう思う、竹森くん⁉」  翌日、月曜日。  あたしは、昨日の青葉さんの態度が未だに消化しきれず、昼休みに営業から戻って来た竹森くんを捕まえて、営業部の休憩室にお邪魔してお弁当を広げた。  彼は、もう、ずっと、時間があれば、コンビニ弁当を休憩室で食べている状況なので、以前よりも捕まえやすくなったのだ。 「……どう思うって……」  あきれたように、お茶のペットボトルを飲み干し、彼はしかめ面を見せた。 「何で、オレは、真っ昼間っから、バカップルの痴話喧嘩を聞かされなきゃならねぇんだよ」 「バッ……バカップル⁉」  目を剥くあたしに、苦笑いを見せながら、竹森くんは続ける。 「そうだろうが。彼の誕生日に何が欲しいか聞いたのに、教えてくれないー、って、のろけだろ。幸せボケか、」  もう、五年も続く、自分だけの、あたしの愛称を呼びながら、彼はイスに背をもたれかけさせた。 「大体、振った男に聞かせるか、普通?」 「う……だ、だって……全部知ってるの、竹森くんしかいないし……」  その彼に告白されたのは――二年前。  青葉さんと婚約する前だったけれど、その頃にはもう、彼に惹かれていたあたしは、竹森くんを振ってしまったのだ。  でも、それを負い目にさせないように、竹森くんは、いつも通り、同期として、あたしに接してくれていて。  青葉さんの事情をすべて知った上で、あたしの相談にも乗ってくれている、貴重な存在になっているのだ。
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