42人が本棚に入れています
本棚に追加
「それじゃあ、お邪魔しました」
青葉さんは、玄関まで見送りに来た両親に頭を下げた。
「ねえ、青葉くん。どうせなら、泊まっていったら?」
「そうそう。せっかく来たんだし」
「ありがとうございます。でも、家族に母の事を任せておりますので――」
そう告げると、両親は素直に引き下がる。
お義母様の事は、もう、二人にも知るところとなった。
――まあ、原因は伝えていないけれど。
あたしは、青葉さんを見送るため、玄関を一緒に出る。
彼は、デニムのポケットから車の鍵を取り出すと、すぐそばに停められた、見慣れた軽自動車のドアを開けた。
「じゃあ、誕生日の母親の世話は頼んでおく。たぶん、誰かしら都合つけられるだろうから」
「……うん」
あたしはうなづくと、彼を見上げて尋ねた。
「そうだ。プレゼント、何が良い?せっかくだし、青葉さんが欲しいものが良いかと思って……」
すると、彼は一瞬で表情を変える。
「……は?」
「え?」
「何で。もう、ホテル泊まるって決まったじゃん」
「そ、それは、行きたいトコ、でしょ?普通、誕生日にはプレゼント必要じゃない」
あたしがそう返すと、青葉さんは、更にムスリと返す。
「いらねぇよ。――華さんがいれば、充分なんだってば」
「そういう訳にはいかないわよ!あたしが嫌なの!」
「いいから」
「――良くない」
徐々に降下してく二人の間の空気は――春なのに、ヒンヤリとしてくる。
「……どうして、そう、物欲が無いのよ」
「じゃなくて、華さんが良いんだから、それでいいだろ」
「あたしには、一回、指輪くれたのに」
「それはそれだろうが」
「同じだよ。――あたしだって、青葉さんに、残るものあげたいもの」
だんだん、お互いに譲らなくなってきたあたし達の様子を、母親がうかがうように玄関から顔を出した。
「ちょっと、華、名残惜しいからって、引き留めるんじゃないわよ。青葉くんだって、帰らないとなんだから」
「そっ……そんなんじゃっ……」
あたしが、母親を振り返ると同時に、エンジン音が響く。
隙をつかれたあたしは、運転席の青葉さんのところに回り込んだ。
「――じゃあな、華さん。……余計なコト、考えるなよ」
「青葉さん!」
結局、そのまま答えをくれるコトなく、彼はお義母様の家へと帰って行ったのだった。
「――ってコトなんだけど、どう思う、竹森くん⁉」
翌日、月曜日。
あたしは、昨日の青葉さんの態度が未だに消化しきれず、昼休みに営業から戻って来た竹森くんを捕まえて、営業部の休憩室にお邪魔してお弁当を広げた。
彼は、もう、ずっと、時間があれば、コンビニ弁当を休憩室で食べている状況なので、以前よりも捕まえやすくなったのだ。
「……どう思うって……」
あきれたように、お茶のペットボトルを飲み干し、彼はしかめ面を見せた。
「何で、オレは、真っ昼間っから、バカップルの痴話喧嘩を聞かされなきゃならねぇんだよ」
「バッ……バカップル⁉」
目を剥くあたしに、苦笑いを見せながら、竹森くんは続ける。
「そうだろうが。彼の誕生日に何が欲しいか聞いたのに、教えてくれないー、って、のろけだろ。幸せボケか、サミー」
もう、五年も続く、自分だけの、あたしの愛称を呼びながら、彼はイスに背をもたれかけさせた。
「大体、振った男に聞かせるか、普通?」
「う……だ、だって……全部知ってるの、竹森くんしかいないし……」
その彼に告白されたのは――二年前。
青葉さんと婚約する前だったけれど、その頃にはもう、彼に惹かれていたあたしは、竹森くんを振ってしまったのだ。
でも、それを負い目にさせないように、竹森くんは、いつも通り、同期として、あたしに接してくれていて。
青葉さんの事情をすべて知った上で、あたしの相談にも乗ってくれている、貴重な存在になっているのだ。
最初のコメントを投稿しよう!