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そして月日が流れ去り
時が経ち、僕は三十二歳になった。
週末、家族とアウトレットモールへ行ったときのことだ。
「パパ、あのおじさんがビスケットくれた」
長男の指さす先には黄色いジャンプスーツ姿の男が立っていた。ポケットをぱんぱんに膨らませ、口を左右に広げたビスケット人形のような笑顔で、通りがかりの子供に声をかけている。
同級生の顔が目に浮かんだ。
「まさか、君……」
男は跳び上がると、大げさな身振りでこちらに背を向け、走り去った。
「ケンタ! 戻ってこいよ」
フロア中に響き渡った大声、周りの人はいっせいに僕を見た。男は振り向きもせず、頭の上で左右に手を振った。
つぎの瞬間、ケンタの姿は溶けるように消え失せた。
(了)
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